4.襲撃

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4.襲撃

 一口大の饅頭を求められるまま昊天(ハオティエン)の口へ運び、次の饅頭を摘まもうと凜風(リンファ)が手を動かそうとした瞬間、顔を動かした彼の唇と指先が触れる。  触れたのはただの偶然、それなのに凜風の心臓は大きく跳ねた。 「饅頭を食べたのは久し振りだな。また持って来い」  饅頭を咀嚼しながら筆を動かしていた手を止めた昊天から声をかけられ、ハッとなった凜風は体を揺らした。  彼の唇を凝視していたことに気が付き、急いで視線を外す。 「それで、この後はどうするつもりだ?」  問われた凜風は饅頭の包みを巾着袋へ仕舞い、山積みになった書簡と文書を見る。 「ご迷惑でなければ、殿下のお手伝いをしようと思っています」  「ほう」と声を出した昊天は肘掛に肘を置き、小首を傾げた。 「婚儀の翌日から、宮へ戻られるのが夜半ですし少しでもお手伝いできればと、差し出がましいですが思いまして」  婚儀の翌日から、他の部屋で眠ることなく昊天は夫婦の寝室へ戻ってくる。先に眠るようにという言付け通り、先に眠る凜風の横で眠り、早朝になると中王宮へ出仕しているのだ。  会話もほとんど無く、昊天が何を考えているのかは全く分からない。  政務官に頼んだ問いの返答も曖昧なものだったため、書簡を届けると言う理由で中王宮へ乗り込んだのだ。 (それに……)  仕事を手伝ってみて分かった。  第一皇子である昊天が任せられている政務の多さは、皇帝や第二皇子以上の量だということを。  武官の養女という肩書で皇子妃になった凜風の後ろ盾は、此処では養父母よりも昊天の力が強い。今、彼に働き過ぎによる過労で倒れられては困る。 「お前は俺に早く帰ってきてほしいのか? それならそうと言えば良いものを」 「なっ、そうではなくて、そのっ」  楽しそうに笑う昊天は、からかい半分で言っていると分かっていても頬に熱が集中する。  慌てる凛風を見上げて昊天は声を出して笑い、手に持っていた筆を置き執務机に手をついて椅子から立ち上がった。 「では、共に宮へ戻るぞ」 「ええっ!? これはどうされるのですか?」  執務机にはまだ書類が山積みになっており、壁際に立ち気配を薄くしていた政務官達も息を飲んで大きく体を揺らした。 「政務を理由に、妃を寂しがらせるわけにはいかない。後は任せた」 「……はっ」  否とは言わせない圧を送られた政務官達は、蒼褪めた顔色となり声を震わせて頭を下げた。  執務を疎かにするとは思えない昊天が、突然第一皇子宮へ帰ると言い出したことに疑問に感じても、ぐっと言葉を飲み込む。  復讐と言う目的を果たすために、契約を交わし皇子妃となった凜風は昊天の決めたことに従い、彼の意に沿うしかないのだから。    護衛を引き連れて先を歩く昊天に付き従い、彼の一歩後ろを歩いて行く。 「来い」  振り返った昊天が手を差し伸べる。  意図が分からないまま、凜風は彼の手の平に右手を乗せた。  控え目に乗せた手を掴んだ昊天は、凜風を自身の傍らへと引き寄せる。  気に食わない者へ剣を向けることもあるという暴君が、妃の手を引いて歩いているという姿を目撃してしまった官僚達は、唖然となりつつ弾かれたように頭を下げて通路の隅へ移動した。 (驚かれている……それはそうよね。全て、殿下の思惑通り)  初夜で自分を殺そうとした妃を殺害して以来、女性を全く寄り付けようとしなかった第一皇子が、ようやく娶った妃を気遣い歩いているのだから。  手を引かれている凜風は表情を強張らせ、視線を合わせず歩く二人は甘い雰囲気など出していないのに、一緒に歩いている姿を目撃した者達は大いに勘違いしてくれることだろう。  周囲へ静かな動揺を与えた一行は、中王宮の出入り口まで辿り着く。 「お前が乗ってきた輿はどれだ?」 「あ、あれです」  繋いだ手はこのまま離さず、待機していた担ぎ手と輿を見た昊天は開いた手を口元に当てた。 「ふむ、俺の輿に乗って行ってもいいが」  そこで言葉を切ると、顔を動かして傍らの凜風を見る。 「たまには歩くか」 「歩いて、ですか?」  中王宮から第一皇子宮までは距離があり徒歩では時間もかかるのに、ただの気まぐれで共に歩こうなと彼が言うはずはない。  いったい何を考えているのかと、隣を歩く昊天を見上げた。
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