4.襲撃

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 仲睦まじい姿を見せる以外に考えがあるのかと、眉を寄せて見詰めてくる凜風(リンファ)へ首を傾けて昊天(ハオティエン)は彼女の耳へ唇を寄せた。 「妃との仲睦まじい姿を見せ、俺が政務よりも妃を優先していると思わせる必要がある」 「それは、殿下が後宮の美姫を側室に召される、という噂話と関係があるのですか?」 「俺が後宮の女を側室にするわけないだろうが。妃は凜風一人で十分だ」  本心ではないと分かっていても、甘く囁くように言われると都合の良い契約妃ではなく、本心から望まれているのかと勘違いしそうになる。  耳と頬に当たる吐息がくすぐったくて、凛風は思わず顔を背けた。 (これも、きっと何か考えがあるのよ。私が彼にとって都合の良い女だから……)  早鐘を打つ心臓の鼓動を覚られないように呼吸を整える。 「分かりました。殿下に従います。そういう契約ですから」 「契約、ね」  意味深に笑った昊天は、右手で凜風の手を握り左手で絡め取った髪へ口付けた。    傍目からは、冷酷な第一皇子が妃に睦言を囁やいているように見えだろう。  演技とはいえ仲睦まじい姿を見せ付けられて、動揺を必死で隠しつつ頭を下げる警備兵達の胸中を考えると凜風はいたたまれない気持ちになった。  歩く速度を速めたくとも、手を握られている状況では叶わない。  昊天に手を引かれて歩き、中王宮から離れ広々とした場所へ出る。  不意に上方へ視線を動かした昊天は、握っていた手を離した凜風の腰へ手を回し、自分の方へ抱き寄せた。 「なに、」  ヒュンッ!  風きり音が聞こえ、凛風が立っていた場所へ飛んできた弓矢が深々と突き刺さった。 「殿下!」  離れているように命令されていた護衛達が駆け付け、昊天と凜風の周囲を取り囲んだ。  護衛に囲まれた昊天は、石畳の隙間に刺さった弓矢と矢が放たれた方向を睨む。 「矢を放った者は屋根の上だ」  頭上から聞こえた冷静な声で、自分が狙われたと知った凜風は恐る恐る石畳に刺さった弓矢を見て、ハッと息を飲んだ。  昊天が抱き寄せてくれなければ、弓矢は確実に凜風の体を貫いていた。  狙われたのだと理解した途端、胸の奥底から恐怖心が湧き上がってくる。抑えようにも正直に体が震え出す。  触れ合う部分から凜風の震えが伝わり、彼女の腰を抱く昊天の腕に力がこもる。 「屋根へ上がり探せ!」 「はっ!」  護衛に命じられた兵達は弾かれたように走り出し、弓矢を放った者がいたと思われる建物へ向かった。 「大丈夫か?」  問う昊天の声が策程よりも優しい、気がする。  戦狂い、暴君と恐れられているこの皇子が駒扱いの契約妃を気遣うわけがないと、両目から溢れそうになる涙は唇を噛んで堪えた。 「殿下、今のは……」  下を向いた凜風の視線の先にあるのは、石畳の間に深々と刺さった弓矢。 「ただの牽制だ」 「け、牽制?」  顔を上げた凜風の目尻に溜まった涙を昊天の人差し指が拭う。  触れられた目元から全身へ熱が広がり、恐怖で強張り冷たくなっていた凜風の体温が戻っていく。 「堂々と昼間から俺ではなくお前を狙うなど、俺への牽制のつもりだろう」 「いったい誰か?」 「さて? 俺を邪魔だと思っている者は多いからな」  兵が走り回り辺りは騒然となりかけるが、昊天が腕を軽く振り睨みをきかせると兵達は静まっていった。 「行くぞ」  頭を下げる兵達を無視し、何事もなかったかのように平然と昊天は歩き出した。  今度は護衛が二人の周囲を固めているのに、凜風の腰に回された腕は外れてくれない。  腰を抱く昊天に密着しないよう、意識して歩く凜風の中で襲われた恐怖よりも歩きにくさが勝っていき、いつしか体の震えは治まっていた。  皇子宮が視界に入り、入口に並び出向かえる見知った女官の肩を確認して、凜風の全身からようやく力が抜けていく。  力が抜けた足を動かそうとして、ふらついた体を腰に回された昊天の腕が支えた。 「ありがとうございます」 「部屋まで抱えて連れて行こうか?」 「ええ!? きゃあっ!」 「殿下!?」  目を見開いた凜風が了承する前に、彼女の肩と腰に手を回して昊天は華奢な体を抱き上げた。  妃を気遣う昊天を目にしても、無表情を貫いていた護衛達から驚きの声が上がる。 「で、でん、殿下!?」 「黙って運ばせろ」  どんなに恥ずかしくとも、命令であれば従わなければならない。そういう契約なのだ。  言葉を発する度に喉ぼとけが動くのが見えて、全身を赤く染めた凜風は抱き上げられている恥ずかしさから俯いた。  全身を真っ赤にして俯く凜風を横抱きにして歩く昊天の姿に、宮殿前で出迎えた者達は驚き若い女官は頬を染めて二人を見詰めた。
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