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13 新月の夜
約束の日が来た。
もうすぐ約束の21時になる。
新月の夜だとM君が言っていた通り、月が出ない夜はいつもにも増して暗かった。
星は綺麗に出ているが月が出ていないとやはり暗い。
近くの商店も20時に閉まっている上、街灯がほぼないあの浜辺は本当に暗かった。
たまに近くの道路を走る車のヘッドライトが一瞬ほんのり波打ち際を照らす。
私は携帯の明かりを頼りに浜辺に向かった。
「来てくれたんだ」
この前よりも闇が深い浜辺にM君は待っていた。
私の手を取り当たり前の様にエスコートしてくれる。
「うん。来たよ」
「じゃあ、よりを戻してくれるって事でいい?」
「その前に、私の話も聞いてくれる?」
「・・・ああ。勿論」
「M君、私ね、この一週間考えてたの。M君との懐かしい思い出も沢山思い出したし、やっぱり好きって思った。田舎に帰ってきて良かったとも思った。ここでも仕事続けれるように考えてフリーランスにしたし、これからはたまに出張で東京とか大阪に行けば良い。だからほとんどこの島にいれる。でも私、欲張りだからM君と付き合うだけじゃなくってその先も欲しいの・・・。これ・・・まだ使える・・?昔手紙に入れてくれてたチケット。一回有効って書いてあるんだけど」
M君の前に一枚の薄ピンクの半透明の紙を差し出す。
「お前・・・これ・・・」
「そう。一ヶ月間、夜、抜け出して浜で会うの禁止されてた時にくれたラブレターの最後の手紙に入れてくれてた。お願いを一つ叶えてくれるチケット。M君の手作りのチケット」
「恥ずかしいな・・・で、お願いは何なの?」
「・・・それは・・・M君、私をお嫁に・・」
そこまで言った時に口を掌で塞がれた。
「ちょっと待った。その先は言わないでくれ」
「え・・・」
一瞬暗闇の中のM君の顔が見えなくて、どういうつもりで私の言葉を遮ったのかわからなかった。やっぱりよりは戻したいけれど結婚までは考えていないと言うことなのか・・・。
暫く沈黙が続く。
潮騒が変わらず聞こえている。
私は泣きそうになってきた。
M君は大きく深呼吸をした。
「こっちにきて。ここ座って」
不意に手を握られて座らされる。
闇夜の今日はいつもにも増して表情が読めない。
「なんで今日を選んだかわかる?」
「わかんない」
「・・・・俺とお前が別れ話をした日も新月だったんだよ。俺は漁師だから毎日の月の満ち欠けと潮の満ち引きを気にしてる。天気もな。波の高さも。で、あの日は新月だった。真っ暗な夜だったんだ。お前と別れる選択をあの時はしたけど、正直激しく後悔してた。遠距離恋愛が無理だって話だったけど、距離じゃなくって心がすれ違ったのが無理だったんだよな。でも今はあの選択を後悔はしてない。付き合いたいからってお前を島に縛りつけるのも嫌だったし、俺も一人前の漁師になりたかった。お前も大阪に出て頑張ってる様だったし、俺も負けられないって思った。だからあの時は結果的にあれで良かったと思ってる。でも今の俺は・・・お前と幼馴染ってだけの関係でいたくないんだ。だから、新月の夜に終わった俺らだけど、今日のこの新月の日から、新たに俺とやり直して欲しい。新月はスタートの日でもあるから・・・。
勿論、これからの人生、何が起こるかわからないけど、ずっとそばにいて欲しい。だからこのチケット使わなくてもいい」
ここまでM君が言ったところで、車道をたまに走る車のヘッドライトが浜辺を照らして、M君の手元で何かが光った。
「俺と結婚してくれる?」
そう言いながら私の左手に指輪をはめた。
私はただ頷いた。
「答えは?Yesでいい?」
「うん。私をお嫁に貰ってください」
「うん。一生大事にする。もう泣かないで」
M君は私の頬に手を伸ばし、そのままキスをくれた。
新月の今日はこの浜で堂々とキスをしても誰にも見えない。
私たちはそのまま手探りで体を抱き合い闇に紛れてキスをし続けた。
次の日の早朝、私の部屋の布団でM君の逞しい腕に抱かれながら私は目が覚めた。
私の指にはまっている指輪をマジマジと見た。
綺麗なオパールの指輪だった。
突然首筋にキスをされた。
M君も目が覚めた様で私の体に後ろから抱きつく。
「これは婚約指輪のつもりだから。結婚指輪は二人で見にいこう」
そう言いながら私の体を優しく撫でてくれる。
「とりあえず、それぞれの親に今日ちゃんと話しような。結婚するって。もう俺の親もうるさくて。お前が帰ってきてから輪をかけて結婚の話してきてたから」
「ふふ。そうなんだ。私の母も一緒だよ。操あげなさいって言ってた」
「操??ハハハ。学生の時にはあんなに牽制されてたのにな」
「そりゃあ中学生じゃあ牽制するでしょう。でもM君高校卒業するまでは!ってちゃんと我慢してくれてたじゃない。結局、私が大学の推薦入試で受かって、その後我慢できなくってしちゃったけど」
「それ、お前おばさんに言うなよ。今でも殺されそう・・・」
「ふふふ。そうだね。健全でした。って事にしとく」
「今日は漁はないの?」
「うん。今日は天気いいけど親父に休むって言ってある。漁より大事な用事があるって言って昨日家を出てきたから大丈夫」
「そっか。じゃあとりあえず今日は報告しなきゃね」
「その前にもうちょっとくっついててもいいだろ?」
きっと母はもうすぐ玄関にあるM君の靴を見つけるだろう。きっと喜んでくれる。
「二人で幸せになろうな」
「勿論そのつもり。もうずっと一緒だよ」
もうそろそろ起きだすだろう私の母に聞こえない様に、私たちは布団を頭から被って戯れ合うようにこっそり愛し合った。
その日の夕方。
私達の結婚話は村の人の一番の話題になっていた。
終わり
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