4 Kちゃんの知るところ

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4 Kちゃんの知るところ

「ただいま〜。母ちゃん腹減った〜」 玄関を勢いよく開けてKちゃんの長男が帰ってきた。イガグリ頭で日に焼けてお母さん似のかわいい顔をしている。 「こら!ちゃんと挨拶しなさい!」 Kちゃんに怒られてリビングにいる私の前に正座して頭を下げた。 「こんにちは。ゆっくりしていってください」 イガグリ頭をKちゃんに撫でられて、照れ臭そうにしている。 「こんにちは。お邪魔してます」 「さ!おやつあるから手を洗って。そしたら食べて良いから。弟達と仲良くしてよ」 「はーい」 そう言いながら長男はランドセルを片手に洗面に向かっていった。 「Kちゃんとこの子、偉いね〜。正座で挨拶するなんて」 「あ〜、あれは、剣道させてるからね。先生に教え込まれてる。私的には息子達に体力もついて礼儀も教えてもらえてすごく助かってるけどね。おかげで洗濯物は凄いけど」 「そっか。ここら辺の子達は小さい時から剣道するもんね」 「そうそう。M君も剣道強かったじゃない。確か高校生の時は県大会行ったんじゃなかった?」 「そうだったね。強かった。いつも島である大会は見にいってたなー」 「ふふふ。懐かしいね。当時私たちの学年では憧れのカップルだったからね〜M君とお姉ちゃん」 「え?そうだったの?知らなかった」 「そうだよ。だからお姉ちゃんが大阪に進学して、その後別れたって噂が流れた時、凄かったもん。M君フィーバー。でも結局M君誰とも付き合わなかったなー。暫く遠洋漁業の修行するって言って1年かな?2年かな?いなかったし」 そうだ・・・遠洋漁業に行ってた時期あった・・・。 懐かしい思い出が蘇ってきた。 「何だかんだ言って、M君絶対お姉ちゃんの事まだ好きだから、もうより戻して結婚しちゃえば?お姉ちゃんも島に帰ってきたってことは彼氏いないんでしょ?」 「まあ・・・いないけど・・・」 煮え切らない返事にKちゃんは冷ややかな相槌を打つ。 「でもちょっと安心した。お姉ちゃん顔が優しくなってる」 「え?顔?」 「うん。前帰省してきた時、会った事あったでしょ?その時より顔が優しい」 「え?そう?」 「あの時は、"あーお姉ちゃん都会で頑張ってるんだなー"って思ったもん。それくらい顔が怖かった・・というか気迫があった」 「え?そんなに?」 「そ!でも、今日のお姉ちゃんは昔のお姉ちゃんの優しい顔。だから良かったなって」 確かに大阪に出た頃には反対のことを言われた事があった。 学生の頃アルバイトをしてたコロッケ屋の店長に、『お前は田舎に帰省して、大阪に戻ってきたら顔が優しくなってる』と言われていた。 それを思い出した。 「おか〜さ〜ん!!お兄ちゃんが取った〜!!」 そう言いながらKちゃんの次男坊が泣きながらリビングに入ってきた。 Kちゃんに抱きついてグズっている。 時間は16時になっていた。 私もそろそろ帰って夕飯の支度をしなくてはならない。 Kちゃんもそろそろ夕飯の支度をし始める時間だろう。 このタイミングでKちゃんの家を後にすることにした。 「何か進展あったら教えてね〜」 泣きべそをかいている次男を抱っこしながらKちゃんは見送ってくれた。 実家に向かって車を走らせながらさっきのKちゃんの話を思い返していた。 M君はKちゃんが言うようにきっとモテてただろう。 真面目で優しい上に剣道は強かったし、身長も高校生になってあっという間に大きくなった。モテない理由がなかったと思う。 だが、彼の口から彼女の話は聞いたことがなかった。 20代の頃は帰省しても二人っきりで会うことは殆ど無かったから、なかなかプライベートな話は電話でしかしなかった。聞くのが怖かったから。私は大学卒業後に就職した会社で忙殺されていたし、自分からM君に電話をする事はほとんどなかった。 たまにM君から着信が入っていた事はあった。 折り返し電話をしても10分くらい近況を話して終わりという感じだった。 私は声を聞けば会いたくなる。だからなるだけ連絡を控えた。 きっと私と離れてからの、この17年の間に、彼女位いた事があるだろう。 だがまだ独身なのは事実だった。 私の方も大阪にいる間、何人かの男性とお付き合いはした。 20代の頃、一度、結婚しようかと思った事もある。 だが、ことごとくそんな時に限って上手くいかなかった。 5年前には会社も辞めてフリーランスになった。頑張らねばならない時期だったから特定の彼氏を作ることも考えていなかった。実際そんな余裕はなかった。 まあ、そんな感じだったから田舎に帰る事を決断できたのだが。 携帯が光った。 メールが来たみたいだった。 きっと母親だろうと、そのまま運転し続ける。 また光った。 実家に着いて車を降りる前にメールの確認をした。 一通はKちゃんからのメール。 もう一通はM君からのメールだった。 ”明日の夜空いてる?” 私は空いてるよとだけ返事を返した。 ”明日の夜19時にあの浜のいつもの所に来て” そう書いてあった。 ”わかった。あの場所に19時ね”
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