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6 十五夜の思い出
「お前、覚えてる?初めてキスした時のこと」
M君が小さな声でつぶやいた。
「え・・・うん。覚えてるよ。あそこの船小屋で・・・」
「うん。十五夜の夜、村祭りの時に、皆からこっそり隠れてあそこに行ってキスしたな」
「うん。懐かしいね・・・」
この集落の村祭りは小さな神社で毎年十五夜の時に行われていた。この日、小学生はハッピを着てこの浜の水神様の前から小さな神輿を担いで近所の家をまわる。最後は山の神社に奉納する。奉納した後はこの浜で酒盛りが始まる。子供達もこの日は遅くまで外にいても怒られなかった。
だからあの船小屋で皆んなに見つからない様に、こっそり隠れてキスをした。
口から心臓が出そうなほどドキドキした事を今も覚えている。
「十五夜の日は23時位まで親父達が祭りから帰ってこないから、遅くまで会ってても怒られない日だったからな。」
「そうだったね。でもヒヤヒヤした事覚えてるよ」
「ふふふ。そうそう。お前の母ちゃんが21時位にお前を探して俺のお袋に電話してきたんだった。で、俺の弟がそれ伝えにきてくれて、焦ってお前を家まで送って行ったな」
「そうそう。いくら祭りの日だからって遅いって怒られた。まだ14歳だったからね」
「あれから暫くはお前の母ちゃんに牽制され続けてたな・・・一ヶ月くらい門限決められて、その上浜で会うのも禁止されたな」
「そうだったね。でもお手紙くれたよね?」
「ぷっっっ!!お前そんな事も覚えてるのか?手紙な・・・今考えたら恥ずかしくて顔から火が出るな」
「え?そう?私嬉しかったよ。初めてもらったラブレターだったもん。綺麗な色の半透明の便箋で嬉しかった。わざわざ便箋買いに行ってくれたんだって思ったら可笑しくって。まだ持ってるよ。3通」
「えっっっ!?まだ持ってるのかよ。もう捨ててくれよ。恥ずかしすぎる・・・」
「ふふふ。絶対捨てない。大阪にも持って行ったくらい宝物だったから」
「お前らしいな・・・。なあ、なんであの十五夜の日にキスしたか知ってるか?」
「え?祭りの日だったからじゃなくて?」
「それもあるけど、あの年の十五夜はお前の誕生日だったんだよ。だから14歳最初の日。俺らの村には元服と裳着(昔の成人式)の行事があっただろ?元服と裳着は14歳って学校で習ったからどうしてもお前が14歳になった時にって思ってた。まあお前に触れたくて仕方がなかったからな。当時の俺、思春期だったし。ある意味お前の母ちゃんの牽制は当たってた」
「そんな理由があったの?知らなかった。確かにお誕生日おめでとうってプレゼント貰ったの覚えてるよ。綺麗な石のついたキーホルダーくれた。あれも取ってあるよ」
「お前、ずいぶん物持ちがいいな・・・でも持っててくれてありがとう」
「M君から貰ったプレゼントはお守り代わりに全部大阪に持って行ってたから。大事に取ってある」
「そっか・・・お守りか・・・」
「そう、お守りだった」
「なあ、お前今好きな奴とかいる?」
「え・・・」
「俺はまだお前の事が好きだ。だからこっちに帰ってきたなら、よりを戻したい」
「それって、付き合うって事?」
「ああ。俺は別れた時、遠距離恋愛は無理だって思ってたし、正直離れたのが辛かった。でもお前の事を忘れられないし、こうやって地元に帰ってきてくれたなら、もう一度・・・だめか?」
「・・・・・だめじゃないけど・・・」
「けど?」
「もう少し時間もらえないかな」
「そうだよな・・・悪い・・・帰ってきたばっかりで、突然こんな話して。わかった。7日後に返事聞かせてほしい。もうそれ以降は言わないから」
「7日後・・・?」
「ああ、7日後は新月の日なんだ。だから漁に出るのがいつもの時間と違うんだよ。だから時間が取れる。7日後の夜21時、もしよりを戻せると思ったらこの場所に来てくれ。もし来なかったら、俺はきっぱり諦める。ただの幼馴染に戻る」
「わかった・・・・」
M君は一度言った事は曲げない性格と重々承知している。私はそこが好きだった。
だからそう言い出したのなら、素直に従おうと思った。
昨日Kちゃんが言っていた通りだった。
M君はまだ私の事を好いていてくれた。
本当は嬉しかった。
でも今日言われたからとそれを直ぐに返事できるほど、素直になれない年になっていた。
今からの島での生活を、自分の将来をどうしたいのか冷静に考えたかった。
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