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9 オパールのキーホルダー
3日後、M君からメールが入った。
”今から本棚買いに行くか?時間空いたけど?”
そそくさと返事を返す。
10分後軽トラでM君は迎えにきてくれた。
街に唯一あるホームセンターへ向かう。
本棚と仕事机と仕事用の大きなチェアを買う。
それらを選んでいる間も、M君は横で『俺の仕事では全く使わないものだな・・・』などと言いながら私があーでもないこーでもないと選んでいるのに付き合ってくれている。ここまで来たついでに家の洗剤やトイレットペーパーなどの日用品もまとめて買った。
帰りの軽トラの荷台はまあまあな荷物になった。
駐車場で車の中からM君を呼び止めるおじさんがいた。
「おい!珍しいな。買い物か?」
駐車している軽トラの横の通路に車を停止させて窓を開けてM君に話しかけている。
「おやっさん。久しぶりっす。ええ、こいつの買い物に付き合ってて」
「おおそうか。嫁さん孝行はしないとなー。俺も母ちゃんに言われた物の買い物だ。気をつけて帰れよー」
自分の言いたい事だけを言うと颯爽とそのおじさんは車で走り去っていった。
「嫁だって」
そう言いながらM君の顔がみるみる赤くなっていく。
「え?・・・」
「なんでもない。あのおじさん俺が独身だって知らないからそう思ったみたい。なんか・・・ごめん」
運転席に乗り込んで私にしか聞こえないボリュームの声でそう言った。
「ううん。大丈夫。奥さんに見えたんだねー。私」
「そうみたい・・・」
普段はかけないカーラジオをオンにして車は走り出した。
まだM君は真っ赤のままだ。
私も車の窓ガラスに映る自分の顔を見て少し照れた。
自分でもわかるくらい顔が熱い。
嫁扱いされて、嫌でない自分がいる
真っ赤になっている様子を見るとM君も結婚する事に満更でもないのかも知れない。
そのまま二人とも自宅へ帰るまでカーラジオを黙って聞いた。
家に着くとM君は当たり前のように荷物を下ろし、本棚の組み立てまで手伝ってくれた。正直すごく助かる。購入した本棚は腰までの高さの横に大きいサイズでそれを一人で組み立てるのは至難の業だ。手が多い方が板を支えながら効率よく組み立てられる。
しかも今回はその本棚を二つ購入している。そして仕事机も組み立てねばならない。とても有難かった。
こう言う作業をしているとやはり男性と女性の違いを感じてしまう。
作業が終わった頃にはすっかり日が暮れていた。
「M君遅くなっちゃってごめんね。明日の仕事に影響ない?」
「ああ、明日は波が高くて漁に出れないと思うから大丈夫。それより、これ全部片付けてしまおう。本棚にこの箱の本を入れていったらいいのか?」
「いいの?ありがとう。助かる・・じゃあこの箱の本は全てこの本棚の一番下の段に入れていって。で、こっちの箱のファイルはこの二段目にお願い」
「わかった」
黙々と作業を進める。
私も段ボールを開けつつどこに何をしまうか考えていた。
一つの段ボールを持ち上げた時、その段ボールのもった場所が悪かったのか中身を盛大にぶちまけてしまった。M君は作業の手を止めてその散らばった中身を拾ってくれた。
「あ・・・これ・・・。俺があげたキーホルダー」
ぶちまけた荷物の一つにピンクの靴の箱があった。
その蓋も開いたようでその中からそのキーホルダーは落ちた物だった。
「あ!それ・・・・・そう。前言ってたM君にもらった物を入れてる宝箱。その箱に色々入ってるよ」
「なんだか改めて見ると恥ずかしいな・・・俺、こんな物あげたんだな」
「初めてもらったプレゼントだよ。そこについてるその綺麗な石、オパールみたいで綺麗って思ったもん」
「うん。一応お前の誕生石がオパールだってそのキーホルダー売ってた店の人が教えてくれて、それ選んだ記憶があるな。本物のオパールじゃないだろうけどな」
「そうだったんだ。私が生まれて初めて親以外に貰った特別なプレゼントだよ」
「俺も初めて女の子にあげたプレゼントだよ」
「ふふ。ありがとう」
「・・・・・なあ・・・俺のかいた手紙もあんの?」
「え?・・・あるよ。見たい?」
「・・・・いや・・・いい。見たらきっと恥ずかしくて死ぬ」
「そっかな・・・?今となっては可愛い手紙だと思うけど?最近は私も見てないけど大阪行った当時はよく読み返して勇気付けられてたから。変なことは書いてないと思うよ?」
「・・・・それでも今はいい」
「わかった。見たくなったら言って。過去の自分と対面できるよ」
私は少し意地悪のつもりで言った。
その軽口にもM君はバカ真面目に返事をして帰って行った。
その日の夜、久しぶりにあの手紙を開いてみた。
そこには思春期当時のM君のモヤモヤと、少しの欲望と、未来への決意が書いてあった。
私の答えはそこにあった。
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