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道のない荒野を、一台の自動二輪車が東から西へと走っていた。
操縦しているのは、十代後半から二十代くらいの若者。黒い薄手の防護服に白いヘルメットを被っているため、容姿は分からない。
早朝に走り出してから、1度のトイレ休憩を入れたきりずっと走り続けていた。背中にあったはずの太陽が今は頭の上まで登っている。
急ぐ理由は無いが、のんびりする理由もない。ただ淡々と走り続けていると、地平線の向こうにうっすらと黒い点々が見えてきた。
「……着いた」
目的の町まで、自動二輪車を使えば半日で着くと聞いていたのに、実際は一日半も掛かってしまった。野宿をする予定がなかったため、食料をあまり積んでいなかったのが痛手だった。
「これが、あの町で高く売れていれば良かったのに。あのぼったくり店主め」
前の町で、拾得物の売買を行っていた商人の男を思い出しては舌打ちをする。二度と、あの町に寄るものか。
「あの町で売れなかったら、確実に餓死する。……腹減ったなぁ」
町が見えてきたことで気が緩んだのか、口数が多くなっていく。
若者の頭の中には、数々の食べ物が浮かんでは消えて、浮かんでは消えて、空腹を自覚した腹が盛大になっては項垂れた。
「ヤバい、集中力が途切れてる。一旦、休憩を入れるべきか……それとも我慢するべきか」
口には出すものの、スピードを弱めるつもりはない。自分で言っていて空しくなってきたので口を噤もうとした瞬間、左側で轟音が鳴り響いた。
「ーーーーっ! ヤバい」
時間差で突風が押し寄せ、機体が傾き、若者は機体ごと吹っ飛ばされた。身体を捻り、両足で地面に降り立つ。若者に怪我はない。ただし機体は半壊してしまった。
金欠病である若者がその事実を受け止める前に、轟音がした方角から銀色の長く細いフレームが空に向かって伸びていた。
「こんなところに魔獣機!?」
古の時代の忘れ形見であり魔獣機は、名前の通り魔獣に機械を組み込ませた人工生物。敵国を殲滅するために作られたとされている為、人を見ると襲い掛かってくる厄介な代物だ。
(古い機体は同じ機械が側にあれば反応しないから、町の外に出る人はみんな車か単車で移動すれば問題ないって、常識中の常識なのに。誰だよ、常識外れは!)
半壊した単車に身を隠し、積んでいた荷物の中から手の平サイズの双眼鏡を持ち、のぞき込む。
魔獣機は、どうやら巻貝タイプのもので、元は銀だった装甲が鈍色に変色し、中から何本ものアームが伸びて対象目掛けて伸縮している。
アームの狙う先を双眼鏡で見ると、自分と同じ年か、それより年下の少女が走っているのが分かる。桃色の髪を二つに結び、白いワンピースを着た少女は、どこからどう見ても町の外にいていい姿ではない。
「全く、どこのお嬢様か知らないけど、すっごく迷惑!」
放っておきたいのが正直なところだが、ここで見捨てるわけにはいかない。
若者は荷物の中から鉄の手持ちサイズの塊を取り出し、ベルトに吊っている黒い石が入ったガラスケースに触れてから、若者は跳んだ。
一回の跳躍で十数メートルは近付いたが、魔獣機と少女のところまでは届かなかったので、更に三歩ほど地面を蹴って近付いた。
(魔獣機の弱点は電気。一番脆い赤いガラス製の視覚センサーにこいつを叩き込めば全て終わる)
若者は思い切り地面を蹴ると、魔獣機の真上に跳んだ。魔獣機が若者に気付く前に、若者は腰に付けていた鞄から小型の懐中電灯を取り出した。
微弱な電磁力が中に蓄積している懐中時計なら、魔獣機を壊すことができるはずーー。
「壊れろ! 粗大ごみ!!」
「Giiiiiyyyyeaeeaeeeeieeeaaaaaa」
ガチャンッと割れる音と共に、魔獣機が絶叫する。
地面に肩と背中をぶつけながら転げ落ちた若者は、呆然とする少女の腰を持ち、再び黒い石に触り跳躍した。
「突風が来る! 掴まって」
「E,ハい」
魔獣機は大爆発を起こした。
突風が若者と少女を襲い、2人は遠くの方へ吹き飛ばされる。
(単車から離れるのはマズい。ここで重力を強くして、と)
両足の爪先が地面に触れた時、若者は黒い石を掴むと身体が一気に重くなった。突風に紛れて、魔獣機の剥がれた装甲が飛んでくる。若者は自分の身体を盾に少女のことを守った。防護服のお陰で痛みはそこまで酷くはないが、青あざは確実だろう。
風が治まり、若者は深く息を吐いて黒い石から手を離し、少女から身を引いた。
「大丈夫?」
「ハい。助ケてくdさり、あリがとうごさいまu」
「……君、もしかして機械人間(オートメン)だった?」
「ハい。けd、半分だケです。まだ、安定シてないせいd、言葉が変。設備調整すれバ、治りまu」
なるほど、機械人間(オートメン)だったから、町の外へ行っても平気だろうと思われたのか。しかし、その認識は間違っている。機械人間(オートメン)とは、人間を元に作られた機械だ。人間を襲うために作られた魔獣機が襲う対象にしっかりと含まれている。
(どこぞの常識知らずがこの子を町の外へ送り出したんだか。……まさか、この子が一人で勝手に出たわけじゃないよね)
嫌な予感が胸をよぎったが、あまり関わらないことにしようと頭を振って考えを打ち消した。
「僕はこの先の町に用があるんだけど、君はどこへ向かおうとしていたの?」
少女は黙り込んだ。言いたくないのか、話すなと言われているのかは分からないが、このままにはしておけない。
「君を一人でここに残すわけにはいかないから、とりあえず僕と一緒に来てもらえない?」
「……ソれは、命令dすか?」
「命令というかお願いに近いんだけど……」
「従わナいと、あなたが困rますか?」
「困るよ、もの凄く」
「分かリました。付いてiきます」
少女が付いてきてくれることに若者は安堵の息を吐いた。
「あなたノ名前はなnですか?」
「僕? 僕の名前はーーー」
若者が白いヘルメットを外すと、肩まで伸びた栗色の髪が風になびき、青緑色の瞳に少女の姿を映していた。
「カノ。探索者カノだよ」
「私は、セイメイでs」
「そう、短い間だけど、よろしく」
「よろシく」
若者ーーカノと、機械人間の少女ーーセイメイはこうして出会った。
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