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杏沙が入社した年、ノベクラ紙通商の総務課では3人の新卒が配属された。一人は杏沙で、残りの2名は戸川紗里奈と伊藤留美。両名とも短大卒で杏沙と同い年。
卒業した学校も学部も違えど、同じような就職活動して同じ地元出身ということもあり、3人はすぐに打ち解けた。
けれど仕事の上で二人と、一人。というメンバー編成で業務をする際には、必ず紗理奈と留美がペアを組む。そうなると必然的に杏沙はおひとり様用のお仕事を担当することになる。
ちなみに今日も、そうだった。
一人は、履歴書と職務経歴書をファイリングす業務。もう二人は秋採用の為の会社案内の封筒入れる業務をするようにと新卒組は指示を受けた。
そして相談する間もなく、紗理奈と留美は会社案内の封筒入れを選んでいた。
ま、それはどっちでも良かったんだけど。
杏沙は今朝のミーティングの出来事を思い出して、苦笑する。留美の「ごめんねぇ」と、おざなりに謝罪を受けた時、ちゃんと自然に「いいよ」と言えたかは気になるけれど。
でも、それは然したる問題ではない。きっと向こうも、気にしてはいないだろう。ただ今から、この差し入れをどうするかが一番の問題だ。
杏沙は包装紙を剥がして箱を空ける。途端に顔を顰めた。
一つ一つ職人の手作りが売りの一口大のチョコレートは、全部で24個ある。しかも、味が全部違うときたものだ。
「……どうしよう。困ったな」
杏沙はチョコレートの箱を持ったまま呆然とする。
同じ味なら8個先に抜いて、紗理奈と留美に残りのチョコレートを箱ごと手渡せば良かった。でも、味が違うとなると勝手に選ぶのに抵抗がある。
こういう場合は、3人がその場で好きなチョコレートを選ぶのが正解だろう。でも……
「長居はしたくない……」
たかだかチョコレートごときで、時間をロスするのはちょっと社会人として如何なものだと思う。それに、二人の間に割って入る自分を想像すると、胃が少し痛んだ。
本当に個別に配ってくれたら良かったのに。これこそ小さな親切、大きなナントカだ。
見た目は仲良し3人組に見えるかもしれないけれど、同期だからこそ色々気を使わなければならないことを、お局様は知らないのだろう。
自分だって、遥か昔、きっとこんなふうに人間関係で悩んだことがあるはずなのに。年を取ると、図太くなるんだな。
善意で渡されたはずのチョコレートから、ついついお局に対して意地の悪いことまで考えてしまう自分に杏沙は嫌気がさす。
そしてうじうじ考えることを放棄した杏沙は、箱を手にして、そして保管庫へしまうファイリング済みの履歴書の束を手に取り、ミーティングルームを後にした。
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