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体よく差し入れを辞退することができた杏沙は、手にしたままのファイルを軽く持ち上げて、二人に声をかける。
「じゃあ、私保管庫に行かないといけないから。また後でね」
「お疲れー」
「はーい」
すぐさま返事を貰ったけれど、紗里奈と留美はチョコレートから一切目を逸らさない。
そんな二人に、杏沙は何とも言えない表情を浮かべて廊下に出ると、そっとミーティングルームの扉を閉めた。
***
保管庫からミーティングルームに戻った杏沙は、だらしなく椅子に腰掛ける。
8階建ての自社ビルで、総務課は5階に位置しており保管庫は地下にある。ちなみに1階から地下まではエレベーターは無いので階段を利用する。
「あー疲れた」
もともと学生時代からインドア派だったけれど、働き始めてから輪にかけて運動不足が続いている。
でもさすがにこの程度で体力が限界を迎えたわけではない。疲れの原因は、ついさっきの紗里奈と留美とのやり取りのせいだ。
私立の女子高に入学した杏沙は、そのままエスコートで短大に進んだ。つまり5年間ずっと女性ばかりの環境で生活してきた。はっきり言ってしまうと、男が居ない世界は女性の嫌な部分が剥き出しになる。
そして杏沙は、それが大の苦手ときている。
なら男女共学の学校に進学すれば良かったのだけれど、古風な考えを持つ親はエスカレーター式の女子高が一番娘に相応しいという考えを持っている。
そんな両親を説得するのは些か困難で、そして杏沙も両親の反対を押し切ってまで進みたい進学先を見付けることができなかった。
ただ就職先は女性の多い職場を避けたつもりだったのだが、現実はなかなか厳しい。
自分でもそこまで気を使うかと呆れてしまうが、一度拗れたらそう簡単には元には戻らない女性特有の人間関係は身をもって知っている。
だから波風立てず、付かず離れずの距離を保つのが一番。とどのつまり、今日の気苦労は無駄ではなく、明日の平穏。
結局、そんな結論に至った杏沙は、肩をぐるりと回してファイリング作業を再開しようとした。
しかしどうにも気分が乗らず、上着のポケットに隠し持っていたスマートフォンを取り出した。
杏沙が勤務するノベクラ紙通商は、未だに女性社員は制服の着用を義務付けられている。正直、古臭いチェックのベストと紺色のスカートは泣きたくなるほどダサいけれど、ポケットが豊富なのはこういう時はありがたい。
「───……ん?めずらし」
膝の上でこっそり待ち受け画面を開いた杏沙は、目を丸くした。大変珍しいことにキャリアメールから新着のお知らせが表示されていたのだ。
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