プロローグ 私の願い

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プロローグ 私の願い

 やっちゃったな。  私は、机に着席したまま動けなかった。  右も左も、楽しそうに机をくっつけ合って、カラフルなナプキンに包まれたお弁当を取り出している。 「うわぁ、美味しいそう」 「ねえ、これ交換しない?」 「あ、同じおかずだね」  きゃらきゃらと弾む声を上げながら、私以外のクラスの皆はお弁当を食べ始める。  やっちゃったな。  また私は心の中で呟いた。  一週間前に入学式を終えて、翌日から高校生活が始まって、今日から通常授業。当然、お昼休みもある。  それは事前にわかっていたことだし、それまでに友達を作ろうと決めていた。  でも、引っ込み思案で会話の糸口を見付けられない私は、ついつい待つ側に回ってしまっていた。  その結果、一人お弁当を食べる羽目になろうとしている。  こんなことなら、3時間目の授業の前にトイレに行った時、隣で洗面所を使っていた中村さんに声をかけておけば良かった。  でも、中村さんはもうグループが決まっていて、そのグループには入れてもらえるような雰囲気じゃなかった。  なら、朝、下駄箱で一緒になった渡辺さんに……駄目だ、渡辺さんは私のこと昨日、ダサイ子って言ってた。  じゃあ……じゃあ……。  私は教室をぐるりと見渡す。今からでも一緒に食べてくれそうな人を探す為に。  でも、誰とも目が合わなかった。皆、大小さまざまなグループに分かれてお喋りに夢中になっている。  ふと、時計を見る。気付けば、お昼休みのチャイムが鳴ってから、もう15分も経っていた。  5時間目は移動教室だ。歴史の先生が今日は近代史で役立つドキュメンタリー番組を見せると言っていた。視聴覚室は校舎の一番隅にある。  だからもう、迷っている暇は無い。  私は溜息を吐きながら鞄からナプキンに包まれたお弁当箱を取り出した。そして緩慢な手つきでナプキンを解いて、お弁当箱の蓋を空けた。  唐揚げにハート形に型抜きした卵焼き。アスパラのベーコン巻き。ブロッコリーとプチトマトも奇麗に配置され、泣きたくなるほど彩の良い美味しそうなお弁当が目に映る。  お弁当初日だからと母は張り切って作ってくれたそれを一人で食べるのが何だか申し訳なくて情けなくて……こんな日がずっと続くのかと思った瞬間、不意に涙がこみ上げてきた。  でもみっともなく泣くことだけは避けたくて、唇を強く噛んだその時、 「ねえ、一緒にお弁当食べようよ」  トンっと軽く机を叩かれたと同時に、満面の笑みが視界に入ってきた。  驚いて目を丸くする私に、あなたは顔を曇らす。 「あ……ごめん、もしかして一人で食べたい派だった?お節介しちゃったかな」 「ううん、違う」 「じゃあ、一緒に食べよ」  再びぱっと笑顔になったあなたは、私のお弁当をひょいと持ち上げて少し離れた自分の机に置く。そして「椅子だけ持っておいで」と言って笑った。  私は言われるがまま椅子をずるずる引きずって、あなたの傍に近付く。  そこにはあなた以外に2人のクラスメイトがいた。二人は私を見ても大袈裟に歓迎することはしなかったけれど、嫌な顔はしなかった。  ほっとした私は椅子をあなたの隣に置いて、着席して、それからそっと会釈をする。  「時間無くなっちゃうよ。早く食べよ」  ポンポンと肩を叩かれ、あなたは自分のお弁当を食べ始めた。私も箸を取る。 「お弁当豪華だね。お母さんの手作りなの?」 「あ、そういうえば、どこ中?私はね───」 「ねえ、この後移動教室だけど、一緒に行こうよ」  ポンポンとお弁当のおかずを口に入れながら、それと同じくらい軽快にあなたは私に声をかけてくれる。  対して私は慌てておかずを飲み込み、しどろもどろになりながら答える。  すでにお弁当を食べ終えたグループがいて、雑談に興じたり、教室を出て行ったりと、さっきよりも騒がしく教室全体は落ち着かない。  でも不思議と私はその騒がしさがまったく耳に入らなかった。  にこにこと笑うあなたと一緒にお弁当を食べれることが嬉しくて、楽しくて────  それから年月が過ぎた。  気付けば私は、多くの望みを口にできることができない身体になっていた。残り少ない時間をどう使うのか、選択を迫られていた。  だから私は、願った。  たった一つの望みを叶えて欲しいと切に願った。誰でもない、あなたに。
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