彼は恋人じゃなくて、志が同じ人

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【今からそっち向かうね。多分、30分後くらいには到着できると思う。何か要るものあったら連絡してね】  そんなメールを送って早20分。由紀からの返信は無い。 「……寝てる?」  地下鉄に揺られながら、杏沙は首を傾げた。今日、早くお見舞いに行くことは事前に伝えてあるというのに。  由紀は大抵起きていれば即レスしてくれる。だが、こんなに長く返信がないということは具合が悪いのか。もしくは診察中なのかもしれないと考える。  といっても杏沙自信は入院したことがないので、由紀が実際どんな生活を送っているのかまったくわかっていない。それに病人扱いすることを嫌がる由紀に、体調を始めとするもろもろを詳しく教えてなんて言えるわけも無い。 「……はぁ、どうしよっかな」  杏沙はぼそっと呟きながら無意味にメールの送受信を繰り返す。その度に膝に乗せているバスケットフラワーがカサカサと音を立てる。  奮発して大きめなバスケットに、黄色とオレンジのガーベラをメインにアレンジしてもらったのだ。最悪、由紀が寝てるか席を外しているなら、これだけでも置いて帰りたい。  そんな思いから杏沙は、中部総合医療センターの最寄り駅で下りると、スマートフォンを手にしたまま由紀の病室に向かうことにした。  ただその後、自分が知らない由紀の現状を目の当たりにすることになる。 ***  1階の外来受付とは違い、平日の病棟内は、昼間でもしんとしている。  でも、ここは病院であり、皆、病気を治すために入院しているのだ。逆に騒ぐ元気があるなら、とっくに退院している。だから、静かで当たり前。  そんな当たり前のことを思い出して、杏沙は妙に申し訳ない気持ちになってしまう。  そしてついさっき入院患者の容態が急変したのか、看護師達が厳しい表情で走り去っていった。  ただ由紀の病室とは真逆の方向だったので、露骨にほっとしてしまった自分を不謹慎者だと責めてしまう。  それでもメールの返信がまだ届いていなくて不安な今、やっぱり由紀じゃなくて良かったと思う気持ちは嘘じゃない。  ……などということを取り留めも無く考えながら歩いていれば、由紀の病室はすぐそこだった。  ただ杏沙はここでピタリと足を止めた。由紀の病室から二人の女性が出てきたから。     病室から揃って出てきた二人は、自分と年は近いが社会人よりカジュアルな服装だ。だから彼女たちは由紀と同じ大学の通う人───つまり、由紀の友達なのだろう。  どうりでメールの返信が来ないわけだと杏沙は合点がいく。  そして由紀の母親が気にしていたことは単なる杞憂で、お節介だとは思いつつも、今度会ったら教えてあげようとも考える。  しかし、すれ違う時に聞いてしまった二人の会話は、聞き捨てならないものだった。 「マジでめんどくさいこと頼まないで欲しいよね。別にうちら富田さんの友達なんかじゃないのにさぁ」 「ほんとそうだよね。富田さんなんて単なるノート要員じゃん。なのにうちらにノートをお願いするなんてどういうつもりなんだろ。自分の立ち位置、勘違いしないで欲しいよね」  ここが病院ということがわかっているから小声で話しているのか、それとも由紀に聞かれるのを避けるために声量を落としているのかわからないけれど、その内容はあまりに酷いものだった。
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