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「とりあえず、こっちに来て話をしようよ」
男はそう言いながら静かにこちらに歩み寄ってきた。
別に死にたいと思っていたわけではないし、いつまでもこんな所にいる訳にも行かないので私は黙ってフェンスをよじ登る。
男はそんな私に手を差し出し、私は躊躇なくその手をとる。男の手は氷のように冷たく、だけどどこか心地良かった。
私は取った手と逆の手でスカートを押さえながらフェンスから飛び降りる。
「ありがとう」
着地に成功した私の上に、そんな言葉が落ちてきた。それは本来、私のセリフであって男が発するものではない。
驚いて男を見上げると、何故か男は私を見て今にも泣き出しそうな顔で笑っていた。
その表情は印象的で、青空の下でのそれはとても綺麗だった。
私はその顔を今でも忘れられない。
これはこの人と出会ったことから始まる、
私の大切な、痛くて切ない、不思議な不思議な物語である。
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