言い訳できなかった放課後

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本の世界を楽しんでいるところを少しだけ眺めて、それから、緊張を悟られないようにへらりと笑顔をつくって彼女の名前を呼んだ。 ちらりと、静かな視線が一瞬だけこっちを向いて、すぐに逸れる。 へこたれるな、おれ。と言い聞かせながらいつものように目の前の席に座る。ここは隣に座るよりずっとゆり先輩が見やすくて特別な場所。 「…土屋凜(つちやりん)、また来たの」 小さい、鈴が鳴るようなやわい声。フルネームで呼ぶところがかわいー。 たぶんだけど、おれのことをどう呼んだらいいのかわからないんだと思う。そういうところがなんかクる。 「ゆり先輩こそ毎日同じせりふ、よく飽きないですね。そろそろあきらめたら?」 「きみが言わせてるんでしょう」 きみ、になった。でも一番最初に呼ぶときは必ず名前。 「今日は何読んでるんですか?」 顔を覗き込むと居心地が悪そうに本からもおれからも視線が外れる。 「夏の話」 「季節外れですね」 つーかそれだけ?昨日は人がバンバン死ぬミステリー小説だって言ってた。 夏の話ってだけじゃよくわからないけど、ゆり先輩は夏が好きだって前に言ってたからその話は気に入ったものになりそうだ。 「それ読み終わったらおれにも貸してほしいです」 そう強請ると眉をひそめた。変なこと言ったかな、と首を傾げる。 「本に興味持つなんてめずらしいなって思って」 「あー…そうかもですね」 これは嘘だったりする。本当はゆり先輩が読んだ本はだいたい自分で買ったり、図書室や図書館で借りたりして目を通してる。実は。 だけどそういうのってなんかゆり先輩は好きじゃなさそうだから言わないし、本人に借りたことは一度もない。
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