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規則的な電子音が響く。
白く清潔な部屋の真ん中に、母が寝ている。
「ご家族の皆様は、覚悟をして頂いて・・・」
医師と看護師からそう伝えられ、祖父母は背中を丸くする。
千穂は母の手を握って、泣きながら何か話しかけていた。千穂の旦那は結月を抱えて、その様子を眺めている。
俺は母の足元に立っていた。
母が微かに目を開けた。
千穂に呼ばれて母の枕元へ向かうと、母の僅かに開かれた黒目が俺を捉えて、突き刺してくる。
母が手を動かそうとしたので、その手を掴んで握る。細くて軽くて、小さかった。
何気無く母の手を見ると、人差し指と中指の側面がヤニで黄色く変色していた。
次に母の顔を見ると、もう瞼が閉じられていた。
ローテーブルに置かれた白い箱。
俺はベランダの柵に持たれて、その箱を眺めていた。咥えていた煙草を灰皿の上で軽く叩くと、ぽろぽろと灰が落ちた。暗闇の中燻る火種と、ゆっくり落ちる灰を見て、結月の言葉を思い出していた。
室外機の上に置かれた煙草の箱を取る。
金色に記された『Peace』の文字。
「・・・ざまぁねぇな・・・」
嘲るように俺は言う。
それは一体、誰に向けての言葉なのか。
新しい煙草を取り出し、火を点ける。
その時、白い箱と目が合ったような気がして、いつもより深く息を吸った。
ニコチンが身体中に染み込むのを感じながら深く吸い、からかうように天に向かって煙を吐いた。
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