灰と煙とレクイエムを

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 Peaceのライト。  大人になってから知った、母の好きな煙草の名前。  子どもの頃思い出す光景は、母が煙草を嗜む姿ばかり。  車を運転しながら煙草を咥え、少し開けた窓にするすると白い煙が流れていく様子。  学校から帰ると、ベランダの柵に肘をつきながら煙草を吸って風にあたる後ろ姿。  母が病気で入院する度に「これを機に煙草をやめたら?」と言ってみたら「そうしようかな」と言っていたのに、退院した翌日には吸っていた。  それを指摘するとケラケラと笑いながら言った。  「やっぱり、私は変わんないわ」  「お兄ちゃん」  呼ばれて振り返る。  喪服に身を包んだ妹・千穂が立っていた。  「お名残惜しいと存じますが、そろそろ・・・」  葬儀会社の人と千穂に促され、棺から離れる。  棺の中には、白く清められた母が横たわっていた。  「なんか、あっという間だね」  喫煙所で煙草を吸っていた俺のもとに、千穂が歩いてくる。  「・・・匂いが移るぞ」  「だったら煙草、やめたら?」  そして2人とも黙る。  もう10年以上続けている、このやりとり。挨拶みたいになってきている。  「・・・なんか実感湧かないな」  千穂が呟く。  「お母さんが死ぬなんて・・・考えてもみなかった。そりゃ人間いつかは死ぬのは当たり前なんだけど・・・お母さんは、もう少し長生きすると思ってた」  ぽつり、ぽつりと呟く千穂の横顔を見る。  長い髪は綺麗にまとめられていて、西日の光で艶が反射して眩しい。  「闘病生活12年・・・よく頑張ったと思うよ」  そう言うと、千穂は鼻を啜りながら「そうだね」と答えた。  「ママぁ・・・」  黒っぽいワンピースを着た小さな女の子が近付いてきた。  「あっ!結月。ごめんね、探しに来てくれたの?」  千穂はそう言いながら、女の子の側へ駆け寄って行った。千穂の娘・結月。俺は急いで煙草を消した。  「ごめんなぁ、ゆづ。ママ独り占めしちゃって」  そう言うと、結月に少し不満そうに見つめられ、俺は苦笑する。喫煙所から出ると、火葬場の煙突から煙が漂っているのが見えた。  母を焼いた名残りの煙。  その煙突を見上げながら、大きな煙草みたいだなと思った。    母は、俺が3歳の時に父と離婚した。父の事は全く覚えていない。別れた理由も、今どこで何をしているのかも、知らない。  その翌年再婚して、後に千穂が生まれた。  そして母は、また離婚した。  俺が7歳。千穂が2歳の時だった。  仕事で夜遅く帰ってくる母は家事はろくにせず、夕飯はコンビニ弁当な事も多々あった。  小学4年生になった頃から、俺が簡単な食事を作るようになる。何となく、温かいごはんを千穂や母に食べさせた方が良いと思えたから。  そこから料理だけじゃなく、掃除や洗濯もするようになり、中学の途中からは大抵の事は出来るようになっていた。  母は出かけたきり、帰ってこない日もあった。  「・・・少ないね」  祖母が呟く。  火葬され、残った骨を親族達で集めている。  「闘病生活の中で、薬の副作用とかで、骨が小さくなっていたのかもしれませんね・・・」  千穂の旦那が気遣って言う。が、祖母は首を振る。  「煙草のせいだよ。1日に何本も・・・身体に悪いと分かっていたくせに、大馬鹿者だよ」  「お祖母ちゃん、そんな言い方しなくても・・・」  「本当の事だろ?子どもの前でも吸い続けて、本当にだらしない・・・情けない娘だよ・・・」  そう罵り続ける祖母に祖父が黙って肩を叩いて促す。  千穂も旦那も黙ってしまい、葬儀会社の人も気まずそうにしている。  「ばぁば?」  下の方から声がして、びくっとする。  俺のズボンを結月が掴んで見上げていた。  「ばぁばは?」  不思議そうに見上げる結月を抱き上げる。  「・・・ばぁばはここだよ。ゆづ」  「・・・ばぁば?」  「うん。そうだよ」  そう言われて不思議そうに母の骨を見つめる結月。  改めて母の遺骨を見る。灰の中に白い塊がいくつか転がっているだけだった。  「さらさらで、きらきらしてるね!」  結月の明るい声が響く。  祖父母や葬儀会社の人、千穂の旦那がキョトンとして、千穂が慌てている。  俺は吹き出して、笑いながら結月の頭を撫でる。  「そうだな。さらさらで、きらきらしてるな」
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