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「亜夢!」
「え! もう来たの!?」
クマキチが亜夢を奥へと引っ込むよう誘導した。 これ以上は下手な動きをすることができない。
―――・・・どうしよう。
―――これから私はどうなるの?
亜夢とクマキチは観念するように大人しくしていた。
「博未。 ご苦労様」
「・・・」
猫人間の労いに博未は頷くこともしなかった。 ただそれに猫人間が不満を感じたような雰囲気はなく、平常運転なのだろう。
「貴方は一番最初に出会った時の?」
問いかけに答えることをせず、猫人間は長く伸びた髭を揺らしながら口元を緩めた。
「貴女は本当にこの国から出たいのですか?」
「確かにこの国は一方では魅力的だと思う。 だけど子供たちから希望を奪うのは違う」
震える声で自分の意思を伝えた。
「もうこの国にはいたくない。 だから出たいと仰るのですね?」
「うん」
ハッキリと頷くと溜め息をつかれた。
「・・・分かりました。 そこまで意思が固いようなら、もう何を言っても無駄でしょうね」
「そう。 私は自分の意思を曲げない」
「じゃあ君を処刑するしかないね」
「・・・はい? 処刑?」
夢の国からしてみれば場違いな程残酷な響きだ。 猫人間の愉快そうな表情も何だか不気味に思えた。
「あぁ。 君も感情をなくしてここへ来た。 だから死ぬことに躊躇いはないだろう?」
―――確かに、躊躇いはないけど・・・。
現実へ戻っても自分の居場所がないのは変わっていない。 死にたいと思ったことはないが死ぬことに恐怖を感じないのも本当だ。
―――そう言えば、階段から落ちた時もそうだった。
―――怖いとか一切思わなかった。
博未をチラリと見る。 ずっと俯いたまま何も言わない。
「今から私を処刑する気?」
「そうだよ。 悪い子はいらないんだ」
猫人間は鍵を開け牢屋の中へ入ってきた。 予め持ってきていた縄で亜夢の両腕を縛る。
「ほら、出て。 その熊もね」
クマキチの拘束具も外し牢屋から出るよう促された。
「クマキチも処刑する気? せめてクマキチは残して」
少し悩んだフリをして猫は言う。
「まぁ、熊のぬいぐるみがいようがいまいが関係はないし、支障もないからね。 その望みは聞き入れよう」
「亜夢・・・」
「これでいいの」
クマキチは亜夢の名を呼ぶだけでそれ以上は何も言わなかった。 今は動いても無駄だということが分かっているのかもしれない。 猫人間に連れられ亜夢は牢獄を歩いていく。
「この国の獣人は従順な子供たちが大好きなんだ。 だから悪い子はすぐさま排除すべきなのさ」
そのまま抵抗することは敵わず処刑室まで連れてこられた。 大きなギロチンがあり、辺りには赤黒い何かがこびり付いている。 実際に見たのは初めてだが、恐怖を煽るのには十分過ぎた。
死ぬのは怖くないと思っていたが、それを目の当たりにして何も感じない程でもなかった。
―――・・・え、私、これで死ぬの?
不衛生で汚らわしいそれは処刑にはピッタリだが、夢の国からはあまりにかけ離れている。
「流石にこれはキツ過ぎないか?」
いつの間にか付いてきていたクマキチも口を出さずにはいられなかったようだ。 だが猫人間は処刑用ギロチンを前にしても愉快そうに笑っていた。
「別に構わないだろう? 死ぬことに恐怖を感じないんだから」
猫は台の上を指差しながら言う。
「君はここに首を乗せて」
「これって博未も見ているの? 流石に子供に見せるのは残酷過ぎない?」
処刑室にまで入ってきた博未を見てそう言った。 猫は博未に興味なさ気な視線を向けた。
「この国のよさを君に伝えられなかったこの少年にも責任がある。 だからこのくらいは見てもらわないと」
「・・・最低」
―――本当に残酷。
―――ここは全然夢の国なんかじゃない!
亜夢は素直に首を台の上に乗せた。 ただ一瞬で終わるのならそれでいいのかもとも思っていた。 長く続く苦しみよりも、一瞬の恐怖。
「じゃあいくよ」
だがそれが一瞬でなかったらどうなのか。 殺される直前に一瞬を何倍、何百倍にも引き延ばし人生を振り返ることができたのならどうなのか。 走馬燈。
亜夢自身経験したことがなかったそれは、家族との楽しい思い出を蘇らせ、温かい息遣いを感じさせる。 そして箔のように引き延ばされた時間に全てが消える恐怖と共に亜夢の全身を襲った。
涙が溢れ、鳥肌が立てながら震える声を絞った。
「ッ、嫌だ! 死にたくない!!」 「亜夢を殺すのは止めて!!」
亜夢と博未が叫んだのは同時だった。 その瞬間目の前が光り輝き、またしても亜夢は意識をどこかへ飛ばしてしまったのだ。
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