笑顔のその先

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「あの子のお腹の子はオレの子じゃないし、噛み跡もオレが付けたものじゃないよ」 その言葉に僕は冴木さんを見た。 「恋人が違うアルファの子供を妊娠してうなじを噛まれたら捨てるんですか?!」 オメガは不本意な妊娠をしやすい。それは事故だったり、無理やりだったり・・・。ましてや恋人がいる身でそんなことが起きたら、絶対に傷ついてるはずなのに、冴木さんはそんな彼を助けてあげるどころか、完全に突き放している。あんなに露骨にマーキングするくらい大事にしてたのに・・・。 冴木さんは冷たい人・・・。 僕の中にいろいろな感情が渦巻き、よく分からなくなっている。 求めて、拒否して、否定して、落胆して・・・。 でも、嫌いになれない。 そんな僕の頭を、冴木さんは信号で車が停車した時に手を伸ばして撫でた。 「ちょっと落ち着いて」 想定外の出来事に避けることも払うことも出来ず固まっていると信号が青に変わり、手はハンドルに戻った。 「早瀬くんは何か勘違いしている」 車はスムーズに走り、マンションの駐車場に入っていって停まった。 「あの子はオレの恋人じゃないよ。大体恋人だったら部屋に鍵を付ける必要はないだろ?それに、君が入院している間に番が現れて、あそこはめでたく丸く収まったよ」 番? 恋人じゃない? 「だったらなんであんなマーキングしてたんですか?!」 こっちの実験室まで噂されるほど露骨なあのマーキングは? 「恋人じゃないけど大切な子だ。変なアルファが寄り付かないように・・・虫除け?」 何も悪びれた様子もなくしれっと言うと、僕を見て笑った。その顔に僕の顔が熱くなる。 もしかして、すごい勘違い? 発情期を助けられ、ワイシャツを強奪し、フェロモンチェックという変なお願いを受け入れてもらったというのに、僕はそのお詫びも恩も忘れて恋人を捨てた酷い人と勘違いして責めてしまった。 ものすごく恥ずかしい。 あまりの失態ぶりに顔があげられない。 これぞまさに『恩を仇で返す』だ。 「あの子のことを心配してくれてありがとう。今は番と一緒に幸せに暮らしているよ。オレもお役目御免だ。落ち着いたらあの子と友達になってくれるとうれしいな。オメガの友達はいないから」 その言葉に僕は何度も頷いた。 もう友達でも何でもなります。 本当にごめんなさい。 声に出さなくても伝わったのか、冴木さんは僕の頭をぐりぐり撫でて車を降りる。それに習って、僕も赤い顔のまま車を降りた。 後部座席から僕の荷物を出すと、当然のようにそのまま手に持ち、エレベーターに向かう。僕は遅れないようについて行くと、ちょうどエレベーターが開いた。 「12階だよ」 そう言って押したボタンは最上階だった。 こんな高そうなマンションに一人で住んでるの? 橘先生はフリーって言ってたけど、恋人もいないのかな?あのオメガくんは違うって言ってたけど・・・。 「あの・・・本当に僕が行って大丈夫ですか?困ったことになったりしませんか?」 12階に到着してドアの鍵を開けようとした冴木さんの手を思わず止めた。 この人を困らせたくない。 「ここには誰も居ないし、来る予定もない。君が心配するような事は起きないよ」
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