笑顔のその先

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「じゃあ話がまとまったところで、フェロモンも出てないし、身請け先も決まったからもう退院していいよ」 僕と冴木さんのやり取りを見ていた橘先生に言われ、僕は退院した。そしてなぜか当然のように冴木さんにエスコートされ、車に乗せられ、僕は自宅へ向かった。 車の中は冴木さんの香りで満ちている。 心が持っていかれそうになるのを、辛うじて耐える。 「大丈夫かい?車に酔ったかな?」 僕の顔が強ばったのを見逃さなかった冴木さんはそう言うと窓を少し開けてくれた。 新鮮な風が香りを薄めてくれる。それにほっとすると、僕のマンションに着いた。 「ではちょっと待っててください」 僕はそう言うと助手席のドアを開けて車を降りた。 「急がなくていいよ」 このまま冴木さんの家へ行く前に、必要なものを取りに自宅に寄ったのだ。 急がなくていいと言われても、待たせてると思うと気が急いてしまう。 僕は旅行用のボストンバッグに当面の着替えと下着と、それからスマホの充電器、あと冷蔵庫から日持ちしないものを保冷バッグに入れて、残念ながら入院中にダメになったものをゴミ袋にまとめた。 一通り必要と思われるものをバッグに詰め、最後に部屋を見回す。 颯介さんとの新居として引っ越してきたこの部屋を離れるのは初めてだ。最低でも半年は帰ってこないことを考えると本当は解約してしまった方がいいのかもしれないけど、僕にはそんなこと考えられなかった。 また帰ってくるから。 僕は颯介さんの写真をバッグの1番上に入れて、ガスの元栓を確認してから電気のブレーカーを落とした。 「いってきます」 僕は部屋を出てドアの鍵を閉めた。 「お待たせしました」 冴木さんの車の後部座席に荷物を入れると、僕は助手席に乗った。 「もう大丈夫?」 「はい。忘れ物があっても取りに来ますから大丈夫です」 僕がシートベルトを留めるのを確認すると、車はスムーズに走り出した。 「すみません。お邪魔する形になってしまって・・・」 「いや、オレがそうして欲しいと言ったわけだし、気にしなくていいよ。部屋には鍵が付いてるし、心配だったら常に鍵かけてくれて構わないから」 鍵付きの部屋。 オメガ専用の物件だったらあるのは当たり前だけど、冴木さんはアルファだから、鍵付きの部屋なんて必要ないのに・・・。 「オメガの知り合いがいてね。たまに泊まりに来るから後付けでつけたんだ」 その言葉に僕の心は少しざわめく。 病院に運ばれた時、どこかで嗅いだことのある香りだと思った。 発情していて朦朧とした頭では分からなかったけど、正常な今なら分かってしまう。 「オメガの知り合いって、恋人さんですか?」 思わず口をついて出てしまった言葉に、冴木さんは一瞬こちらを見た。 「シングルで育てるって聞きました。結婚してあげないんですか?うなじに噛み跡もあるのに・・・」 冴木さんの香りを知っている。この香りはいつも、隣の実験室のオメガくんがつけていた香り・・・アルファのマーキングだ。 冴木さんが誰と付き合っていたって構わない。頭はそう思っているのに、身体が震え、拳に力が入る。
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