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そう言うと構わず鍵を開けてドアを開いた。
その瞬間、冴木さんの香りがドアから流れ出てきて僕を包み込む。
なんとも言えない安堵感に身体が僅かに弛緩するも、僕はそれに気付かないふりをした。
大丈夫。
僕は颯介さんを愛している。
心の中で強く思い、僕は中へ入った。
中は外観を裏切らず綺麗で広く、玄関だけでも備え付けのシューズボックスが大きくて高級感に溢れていた。
お家賃高そう・・・。
ドアの数から部屋は3部屋。それに広いリビングは20畳はありそうだった。そこにまるでモデルルームのようにオシャレな家具が配置されている。
・・・生活感あんまりない。
だけどここは、冴木さんの香りで溢れている。
ここに住んでるんだから、当たり前だよね。
思い切り胸に吸い込みたい衝動を無視し、僕は部屋を見回した。
リビングと対面式のカウンターキッチンも使われた形跡がなく、綺麗なままだ。
「あの、冷蔵庫お借りしてもいいですか?」
「どうぞ。好きに使って」
「ありがとうございます」
僕は自宅から持ってきた食品を入れようと冷蔵庫を開けた。
予想通りというかなんというか、そこには飲み物しか入っていない。
ごはんどうしてるのかな?
「冴木さんはお食事、いつもどうしてますか?」
「オレはほとんど外で済ませてるよ」
ですよね。
「僕は自炊なんです。良かったら、今日から僕にごはん作らせてもらえませんか?1人分も2人分も作る手間は変わらないので」
こんなお願いを聞いてくれて一緒に住むのだから、なにかお礼がしたい。
ごはんだけじゃなくて家事全般をしたいけど、それを言ったら家事はハウスキーパーを入れてるんだって。確かにすごくお部屋が綺麗だと思った。ではせめてごはんだけでも、という申し出は快く受けてくれて、今日から料理をさせてもらうことになった。
とりあえず今日は家から持ってきた食材でパスタとスープができるかな?サラダが欲しいけど、葉物がないから・・・ポテサラならできるか。あ、でもきゅうりがないけど、今日は入れなくてもいいか。
なんて夕食の算段をしていると、冴木さんがコーヒーを入れてくれた。
「とりあえず、少し休んだら?」
その言葉に甘えて僕はカウンターの椅子に座った。
この家、ダイニングテーブルと椅子がないんだよね。本当にここでは食事しないみたい。
「早瀬くんの荷物は部屋に運んだよ。そこの部屋ね。中は自由に使っていいから」
「ありがとうございます」
入れてくれたコーヒーを一口飲む。久しぶりのコーヒーはおいしかった。
病院ではコーヒー出なかったからね。当たり前だけど・・・。
そう言えば、帰り際橘先生が変なこと言ってたな。
『今回は違ったね、残念』
て・・・。
あれはなんだったんだろう?
「あの・・・橘先生が帰る時に言ってた言葉って、冴木さんは分かりますか?」
冴木さんはその時別に返事はしていなかったけど、橘先生は冴木さんに向けて言ってた感じだった。
「ああ・・・『残念』てやつ?」
「はい。何が違って残念だったんですか?」
何気なく訊いただけなのに、冴木さんは黙ってしまった。
訊いちゃまずかったのかな?
「少し気になっただけなので、無理には大丈夫です」
本当に少し気になっただけだし橘先生も軽い感じで言ってたから、そんな大したことではないんだろう。
もうこの話は終わり、と思ったら冴木さんが口を開いた。
「『運命の番』だよ」
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