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どうしよう。
これじゃあ電車で帰れない。電車どころか外に出るのも、もう無理かも・・・。
心臓が痛いくらいに脈打って来て、息が苦しくなる。
颯介さんを失ってからずっと、抑制剤で発情期を抑えてきた。だからこんな激しいのは久しぶりで、頭の中がパニックになる。
タクシー・・・そうだ、オメガ専用のタクシーを呼べば・・・。
回らない頭で必死に考える間も、身体はどんどん発情していく。
とにかく早く、帰らなきゃ・・・。
そう思ったその時、部屋のドアが開いた。
その音が僕の頭をさらに混乱させる。
いま僕、どこにいたっけ?
ドアが開くと共に流れ込んでくる香りに、僕の心が凍りつく。
僕は発情の兆しを感じたから早退して家に帰ろうとロッカールームにいたんだ。
廊下や実験室ならセーフティルームがあるが、ここにはない。そしてここは、アルファしかいない研究所の中・・・。
来ないで・・・!
僕は心の中で叫ぶ。
心が恐怖に震えて凍りついているというのに、身体は近づいてくるアルファの香りに歓喜する。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ・・・!
アルファの香りにさらに煽られ、完全に発情した身体はもう僕の意思では動かない。
身体が心を裏切り、アルファを求める。
嫌だ。
助けて!
颯介さん・・・!
目の前まで来たアルファに、僕は目をぎゅっと瞑った。
けれど僕が恐怖したことは起きず、その人は僕の口に何かを押し込むと次に水を流し込んだ。
反射的にそれを飲み込んだのを確認すると、その人は僕を抱え上げて走り出した。
一瞬のことで何が起こっているのか分からない僕は、落ちる恐怖にその人にしがみつく。その時に吸い込んだ香りに僕はどこか安堵を覚えた。
この香り・・・どこかで・・・。
だけど発情で朦朧とした頭は考えることが出来ない。
身体が熱い。
早く。
早く・・・。
「大丈夫だから」
途切れ途切れの意識の中で、落ち着いた声が聞こえる。
僕はどこかに下ろされるも、それがどこか分からない。ただ離れていこうとするその人の服をつかみ、すがりついた。
「大丈夫、どこにも行かないよ」
再びぎゅっと抱きしめられ、耳元に囁かれる。その声に一瞬手が緩んだ隙にその人は離れ、僕をシートに縫い付けた。
そこでようやく、僕は車に乗せられてシートベルトをされたのが分かった。
身体が熱くて、もどかしい。
後ろはとうに濡れ、きっとシートを汚している。
でもそんな事などどうでもいいくらい身体が発情し、僅かな揺れでもイってしまう。
僕はきっと、ずっとはしたない声を上げていたと思う。
その時のことはほとんど覚えていない。ただ、車が止まる度に僕を抱きしめ、僕を落ち着かせようとしてくれたその人の感触と香りが頭の片隅に微かに残っているだけ。
僕はその後どこかの部屋に連れていかれて、今までにないほどの重い発情期を過ごすことになったが、その間のことはほとんど覚えていなかった。
気がついた時には発情期が終わり、僕は知らない部屋のベッドに寝ていた。
ここは、どこ・・・?
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