笑顔のその先

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まだ、あまりはっきりしない頭で周りを見回す。 ホテルの一室のような、違うような・・・。でも、自分が寝ているベッドを見て分かった。 病院だ。 部屋は普通だけど、ベッドは白いフレームのいわゆる病院のベッドで、枕元にはナースコールもあった。 これ、あるんだから、押していいよね? 僕はそのボタンを思い切って押してみる。すると直ぐに返事が来た。 『はい。ナースステーション和田です。早瀬さん、起きられましたか?今行きますね』 応答したのはとても明るい声の若い女性だった。 乱れたベッドに、はだけた衣服。今の自分の惨状に若い女性の看護師さんが来ると思うと少し気まずくて、僕はとりあえず身体を起こして乱れまくった衣服とベッドを直そうとしたその時、自分が知らないワイシャツを抱きしめてることに気づいた。 おそらく、最初は白く清潔であったであろうそのワイシャツは僕の腕の中で黄ばみ、湿り、ゴワゴワのしわくちゃになっていた。 見るも無惨なそのワイシャツは、けれど僕の心を安寧にさせている。 そこから香る微かな香りが、僕を落ち着かせる。 けれどその事に、僕の心は暗く沈んでいく。 この香りは颯介さんの香りじゃない・・・。 愛しい人の香りじゃないのに身体がそれを求め、安らいでしまう現実に、僕はショックを受けた。 本当はそんなワイシャツなど離してしまいたい。なのに、身体がそれを拒否して抱え続ける。 離したい。けれど、その香りに包まれたい。 心が微かな悲鳴をあげる。 胸がギュッと痛くなったそのとき、ドアがノックされ静かに開いた。 「お待たせしました。看護師の久保田です」 そう言って入ってきたのはさっきの和田ではなく、久保田という男の人だった。 「調子はどうですか?とりあえず、体温と血圧を測らせてください。そのあとフェロモン検査をしますから採血もお願いします」 にこやかに説明しながらテキパキと作業を進める久保田さんは、僕より少し年下の爽やかな好青年だ。 「・・・和田さんが来ると思いました」 思わず呟いた言葉に、久保田さんは手を止めず少し笑った。 「一応、ここの看護師は同性が担当することになってるんですよ。でも患者さんの希望があれば替わりますよ」 「いえ、久保田さんでお願いします」 少し焦って言った僕に、久保田さんはさらに笑った。 「特に問題ないですね。この採血が終わったら食事、すぐに持ってこられるけどどうしますか?」 時間を見ると10時を過ぎたところだった。多分朝ごはんを言ってるんだけど、全然食欲がわかない。それより僕は今の状況を知りたい。 「食事はまだ大丈夫です。あの・・・僕はなんでここにいるのでしょう?あまり記憶がなくて・・・」 会社で発情してしまって、誰かに抱えられて車に乗ったところまでは何となく覚えてるんだけど、その後はもう曖昧でよく分からなかった。 「早瀬さんは会社で発情して、ここに運ばれたんですよ。ここはM総合病院のバース科の発情期を過ごす部屋です。完全管理されて、プライバシーも守られた部屋なので、安心してください」 M総合病院のバース科は有名な病院だ。特にオメガに特化していて、オメガのフェロモンや発情異常などの治療に力を入れている。 きっと僕の発情がおかしかったからここに運んでくれたんだろうけど、僕はその運んでくれた人が誰だか分からなかった。 「あの・・・僕をここに運んでくれた人って、誰だか分かりますか?」
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