笑顔のその先

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病室で一人ぼうっとしていると、ドアがノックされて白衣の男性が入ってきた。 「主治医の橘です」 そう言ってベッドの近くに来た橘先生は、僕の顔を覗き込み、満足そうに笑った。 「顔色もいいね。検査の結果も異常なしで、無事発情期を終えたみたいだ。普通ならこれでお終いなんだけど、少し訊きたいことがあるんだ」 橘先生はベッド脇の椅子に腰掛けて、僕に向かい合った。 「今回ここに運ばれた経緯だけど、少し気になってね。ここに来る前に発情した早瀬くんに緊急抑制剤を飲ませたと聞いた。しかしそれは効かず君は発情した。それもかなり重く。・・・普通ね、緊急抑制剤は効くものなんだよ。『緊急』だからね」 先生はじっと僕の目を見る。別に責めている訳でも怒っている訳でもない。その目は静かにただ僕を見ている。 「早瀬くんのIDから過去の診療記録を取寄せたけど、処方された抑制剤におかしなものはなかった。これを服用している分には想定外の発情が起こっても、緊急抑制剤は効くはずだ。だけど今回は効かなかった。・・・何が言いたいか分かる?」 確かに、合法的に処方された抑制剤だけを飲んでいればきっとこんなことにはならなかった。でも僕は個人で輸入した強い抑制剤を飲んでいた。そしてそれを、先生は分かっている。 僕は今までの抑制剤の服用状況を話した。 「つまり君は長年に渡り、常用してはいけない抑制剤、しかも日本では認可されていないものを服用していたと言うことだね」 眉間に皺を寄せながらの先生の言葉に僕は静かに頷いた。 「長年と言っても、それを常用しだしたのはここ数ヶ月です。それまでは発情期の時だけ飲んでました」 前回の発情期前に、研究員が揃ってみんな実験室を出たことがあった。その時、おそらく僕の身体からフェロモンが漏れ出していたんだと思う。その時はまだ発情期予定まで1週間あって僕自身気づいていなかったけど、そのみんなの行動で予定が狂っていた事を知って、急いで追加の抑制剤を飲んで帰宅したのだ。 それまでは発情期予定日の1日前から強い方のを飲んでいたけど、その事があってから僕は怖くなって、常にそっちの抑制剤を飲むようになった。 もしあの時、街中で発情していたら・・・。 僕は発情期が来ていることも、フェロモンが漏れ出ていることにも気づいていなかった。それが職場だったからみんな速やかに部屋を出て僕から離れてくれたけど、これが街中や電車の中だったなら、知らず知らずのうちにアルファを引き寄せ、僕の発情した身体もまた、そのアルファを求めてしまっていただろう。 そう思ったら怖くて、怖くてたまらなかった。
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