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パンサラッサの話を一旦終えて、小笠原と俺は本業(スライム狩り)の打ち合わせを始めた。業務の内容に特に変更はないが、俺の方に幾つか確認しておきたいことがあった。歩兵の分際で、伝法な口をきく俺に対して、小笠原はあくまでも丁重に接してくれるのだった。
戦場においては、鬼神の剣を振るう小笠原だが、荒事以外の場面では、至って温厚で、これが「三人衆最強、キラーマン筆頭」と恐れられる男か…と思うほどである。チェンジ・オブ・ペースの切り替えが実に見事だ。彼は役者に向いている。
最近世間を騒がせている「新種スライム」にも話が及んだ。通称、牙スライムである。都内に出没するスライムは原則として「緑」「黄色」「黒」の三種類だが、牙スライムの体表は「黄緑色」をしているらしい。古代虎(サーベルタイガー)を彷彿とさせる立派な牙(剣歯)を具えているそうである。その威力は絶大で、もぐり(無免許)ハンターだけではなく、経験豊富な熟練ハンターの中にも犠牲者が出ているという。侮れない難敵と云えた。
牙スライムが突然変異の「鬼っ子」なのか。あるいは「進化の結果」なのかは、現在調査中である。もし、後者だとしたらまったく怖いことだ。圧倒的物量を誇る食人生物が急激な成長を遂げていったら、もう俺たちでは太刀打ちできないかも知れない。少なくとも、東京は人間の住める街ではなくなるだろう。
打ち合わせが終わった。オフィスの壁面に埋め込まれたデジタル時計が「午前9時45分」を示していた。約束の時刻まで、多少余裕がある。
「小笠原さん」
「なんだね」
「道場を使わせてもらってもいいかな」
道場とはこのビルの地下に設置されたトレーニングルームのことである。明日から化物狩りを再開する。その前に「実戦勘」を取り戻しておきたかった。
「ああ、もちろん。大いにやってくれたまえ」
「ありがとう。コーヒー、美味しかったよ」
俺は席を立ち、小笠原に一礼してから、部屋を出た。エレベーターに乗り、地下1階のボタンを押した。降りざまに、道場に足を進めた。扉を開けると、先客の姿が見えた。最盛期の「八代目・市川雷蔵そっくり」の男であった。
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