第1回:契約

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[6] 「来たか、魔宮遊太」  市川雷蔵そっくりの男が立ち上がりざまに、雷蔵そっくりの声で俺に話しかけてきた。第二のキラーマン、鏑矢将弦(かぶらや しょうげん)の登場であった。刀術の名手(特に小太刀)であるのと同時に、隠密(スパイ)活動を得意としていた。ゆえに〔乱破(らっぱ)の将弦〕の異名で呼ばれている。  変装術と声帯模写にも長けているそうだが、残念ながら、そのスキルを実際に見せて(聞かせて)もらったことはまだない。  スライムハンター暦、約二十年。数々の実績を誇る鏑矢だが、当初は「もぐり営業」をやっていたらしい。名門流派の血統に生まれたが、いわゆる「妾腹の子」ということで、差別に等しい不当な扱いを受け続けていたという。我慢と忍耐のピークに達した鏑矢は、母親といっしょに家を出た。その時点で、化物狩りを生計を立てる手段にしようと考えていたようだ。  剣の天才児たる鏑矢には、研修も免許も不要であった。デビュー直後から、技量を発揮。凄腕のもぐりハンターとして、業界中にその名を轟かせた。長谷川組入門の経緯に関しては、話が長くなるので、今回は割愛する。  今日の鏑矢は「忍びの者」風の黒い稽古着を着用し、左手に愛用の木刀を握っていた。平安貴族を思わせる端整な顔に、独特の陰りが刻まれている。最近は使われることが少なくなったが、という言葉がこれほど似合う人物も稀と云えた。  舞台の上で、虚無系のキャラクターを演じることがあるが、なかなかこうはゆかない。そんな時俺は「役作りの限界」を感じるのだった。 「ここにいれば、おぬしに会えると思っていた。復業の手続きは済ませたか」 「ああ、終わった。またお世話になるよ。よろしく、鏑矢さん」  鏑矢は唇に苦笑を浮かべながら、 「珍しく殊勝な口をきく。まあ、精々稼ぐがいい。期待しているぞ」 「スライムの動きが活発になっているようだね。新種も現れたみたいだし」 「異常気象の影響もあるのかも知れん。地球温暖化はやつらに好都合だ」 「ソードマンに休息はない…というわけか」  鏑矢はフェンシング風の防護衣装が収納されている棚を指差すと、 「魔宮、防具を着けろ。一丁揉んでやろう」 「三人衆、直々の御指導とはありがたいね。でも、防具は要らないよ。暑苦しくて苦手なんだ」 「いいから、着ろ。万一にもにキズをつけてしまっては、俺も寝覚めが悪い。顔は役者の命だからな」
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