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「来たか、魔宮遊太」
市川雷蔵そっくりの男が立ち上がりざまに、雷蔵そっくりの声で俺に話しかけてきた。第二のキラーマン、鏑矢将弦(かぶらや しょうげん)の登場であった。刀術の名手(特に小太刀)であるのと同時に、隠密(スパイ)活動を得意としていた。ゆえに〔乱破(らっぱ)の将弦〕の異名で呼ばれている。
変装術と声帯模写にも長けているそうだが、残念ながら、そのスキルを実際に見せて(聞かせて)もらったことはまだない。
スライムハンター暦、約二十年。数々の実績を誇る鏑矢だが、当初は「もぐり営業」をやっていたらしい。名門流派の血統に生まれたが、いわゆる「妾腹の子」ということで、差別に等しい不当な扱いを受け続けていたという。我慢と忍耐のピークに達した鏑矢は、母親といっしょに家を出た。その時点で、化物狩りを生計を立てる手段にしようと考えていたようだ。
剣の天才児たる鏑矢には、研修も免許も不要であった。デビュー直後から、技量を発揮。凄腕のもぐりハンターとして、業界中にその名を轟かせた。長谷川組入門の経緯に関しては、話が長くなるので、今回は割愛する。
今日の鏑矢は「忍びの者」風の黒い稽古着を着用し、左手に愛用の木刀を握っていた。平安貴族を思わせる端整な顔に、独特の陰りが刻まれている。最近は使われることが少なくなったが、ニヒルという言葉がこれほど似合う人物も稀と云えた。
舞台の上で、虚無系のキャラクターを演じることがあるが、なかなかこうはゆかない。そんな時俺は「役作りの限界」を感じるのだった。
「ここにいれば、おぬしに会えると思っていた。復業の手続きは済ませたか」
「ああ、終わった。またお世話になるよ。よろしく、鏑矢さん」
鏑矢は唇に苦笑を浮かべながら、
「珍しく殊勝な口をきく。まあ、精々稼ぐがいい。期待しているぞ」
「スライムの動きが活発になっているようだね。新種も現れたみたいだし」
「異常気象の影響もあるのかも知れん。地球温暖化はやつらに好都合だ」
「ソードマンに休息はない…というわけか」
鏑矢はフェンシング風の防護衣装が収納されている棚を指差すと、
「魔宮、防具を着けろ。一丁揉んでやろう」
「三人衆、直々の御指導とはありがたいね。でも、防具は要らないよ。暑苦しくて苦手なんだ」
「いいから、着ろ。万一にも商売道具にキズをつけてしまっては、俺も寝覚めが悪い。顔は役者の命だからな」
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