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だから、僕はそれから透明になった物も、さも見えているかのように振る舞う事にした。
ある時、同僚の高島と道を歩いていると、一人の女性がポケットティッシュを配っていた。道を行く人は皆、彼女とすれ違う時に彼女に手を差し出してポケットティッシュを受け取って行く。
しかし、僕にはそのポケットティッシュが見えない。彼女が手に持っている籠は空に見える。
その女性が僕と高島に近づいてきた。
「最近、この近くにオープンしたカフェでーす。お願いしまーす。」
女性はまず、高島に声をかける。そして、高島は差し出された女性の手から、僕には見えないポケットティッシュを受け取った。
「お兄さんもどうぞ。」
今度は女性が僕の方に手を差し出してきた。
僕は迷った。できるだけ、見えない物には関わりたくない。
「いや、僕は大丈夫です。」
何とかポケットティッシュが見えていないという事が感づかれないように、僕はそれを断った。
すると、女性は何も言わずに僕から離れて行った。なんとかやり過ごす事ができたと僕は思った。
「へえ、新しいカフェだって。」
高島が自分の掌を眺めながら言った。きっと、そこには僕には見えないポケットティッシュが握られている。
「高島は新しいものとか、流行とかそういうのが好きだもんな。」
僕はなんとか高島に話を合わせた。
「常に色んな事にアンテナ立てておくのが大切なんだよ。お前は逆にそういう事に鈍感すぎだよ。」
高島は僕を不審がる事もなく、そう答えた。
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