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「幸子さんが育児放棄したんじゃないですか?」
聞いたのは、椿。
オブラートも何もない、単刀直入。
「彪を置いて遊びに行ったりしてたのはホントだけど、結婚する時に一緒に連れて行こうとしたら、この人がダメだって言ったのよ」
「お祖母様が……望んで彪さんを引き取ったんですか?」
「ま、最終的には、嫁ぎ先からも子供を置いて来るように言われたから、同じことだけど」
当の子供を目の前に、なんて言い草か。
コホン、と祖母さんが咳払いをした。
「私が死んだら、あなたたちが顔を合わせることは二度とないでしょう。私も、心残りがあっては穏やかに逝けませんからね」
それにしたって、なんて身勝手な。
「そ。じゃ、顔合わせも済んだし、もういいでしょ」
母親はそう言うと、ふんっと祖母さんから視線を逸らし、カツカツとヒールを鳴らして俺に向かって来た。
ドアが俺の背後にあるのだから仕方がないが、それでも、緊張が走る。
母親は俺の横で立ち止まると、俺を見た。
「ね、彪。なんか喋ってみて」
「は?」
「何でもいいから」
「何でもって――」
「――幸子、って呼んでみて」
「……幸子」
素直に呼んでしまったのは、あくまでも動揺してのことだ。
母親の唇が少しだけ開いた。
ひゅっと驚いて息を吸い込んだように見えた。
「もう一回」
「幸子」
「ははっ。声、あの男とおんなじだ」
「は?」
母親は笑い、俺から目を逸らす。
横顔が僅かに歪む。
泣きそうに見えたのは、俺の気のせいだろう。
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