18.信じる気持ち

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「あんたの父親。私、あいつの声で呼ばれるの、好きだったのよね」 「はぁ」  今度は名前すら知らない父親のことか。 「父親が誰か、知りたい?」 「は? いや、別に? ってか、父親の方は俺のこと知ってんのかよ」  なぜか、この母親に敬語を使う気になれず、タメ口で聞いた。  そんなことはまったく気にしていないようだ。  彼女はドアを見て、俺を見ない。 「どうかな。あいつの親にバレて実家に連れ戻されちゃったから、知らないかも」 「なんだ、それ」 「知りたいなら教えるわよ、名前」 「幸子!」  祖母さんが金切り声を上げた。 「いいじゃない、もう時効でしょ」  訳ありらしい。  祖母さんにとっては時効ではないようだが、母親はとうに過去のこととして吹っ切れているようだ。  いや、そもそも(子供)を捨てた罪悪感なんてあったのか……? 「聞きたいと思わない。聞いたからって名乗る気はないからな」  本心だ。  母親にだって、会うつもりはなかった。  会いたければ、どうにでも探せたのに、俺はそうしなかったし、考えもしなかった。 「そ? けど、どっかでバッタリ会ったら面白いかもね」  なにがどう面白いのか。 「ま、いいや。じゃ、ね」  母親は真っ赤のマニキュアを塗った手をひらひらと振り、出て行った。  振り返ることなく。  ピシャっとドアが閉まり、ハッとした。  急いで追いかける。 「ちょっと待った!」  母親は足を止めた。が、振り向かない。 「俺、さっきの子と結婚した」 「そ。おめでと」  振り返らない。
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