18.信じる気持ち

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「点滴のお時間ですが」 「お願いします」  そう言うと、看護師はゴロゴロとカートを押してベッド脇までやって来た。 「椿さん、無理を言いましたね」 「え? いえ」 「彪、ご苦労様」 「ああ……」  帰れと言いたいらしい。  なんとも分かりにくい人だ。  俺は妻の背中にそっと手を添えた。 「椿、そろそろ行こう」 「はい。お祖母様、また来ます」 「いいえ。もう来る必要はありません」 「え?」  即答でピシャリと言われ、椿が目を丸くした。 「もう、十分です」 「でも――」と、椿が俺を見る。  俺はじっと祖母さんの顔を見た。  祖母さんはじっとドアの方を見ている。  見覚えのある、横顔。  十年前に家を出た時も、同じ顔をしていた。  じっと玄関を見据えて、決して俺を見なかった。  あの時、祖母は何を思っていたのだろう。  そして、今は何を思っているのだろう。  ただ、祖母は『十分だ』と言った。 「穏やかに逝けそうか」  俺の問いに、祖母さんが首を回した。 「ええ」  無表情だった。  最後に笑ってくれるかもなんて、期待するだけ無駄だ。  だから、俺が笑った。 「じゃ、な」 『また』も『さよなら』も言わなかった。  十年前も、そうだった。  それでいい。  俺は妻の手を引き、病室を出た。  無言のまま、ずんずん歩いた。  椿も何も言わずについて来た。  車に乗り、エンジンをかけ、さあ走り出そうとした時、椿がシフトレバーを持つ俺の手に自身の手を添えた。 「彪は……愛されてたね」 「え?」
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