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「俺が病院で母親に父親を知りたいかって聞かれた時、本当に何の迷いもなくどうでもいいと思ったんだ」
『聞きたいと思わない。聞いたからって名乗る気はないからな』
彪はそう言った。
「結局、聞いたところで事実は変わらない。父親が俺の存在を知っていたなら、非情な男だと軽蔑するし、知らなかったのなら間抜けな男だと思う。どんな事情があっても」
「もし……、彪のお父さんが彪を探していたら?」
「これだけ長い間、探せなかったと思うか? 俺は大学卒業まで是枝の家にいたんだし」
「……」
確かに、そうだ。
そうだけれど、願うなら、探していたけれど見つけられずに落胆している、のであって欲しい。
「俺がそうだからってわけじゃないけど、椿も本当に血の繋がりは気にならないって言うならそれでいいと思う。けど、そこんとこハッキリさせたいって思うなら、協力する」
私の本当の父親が誰か……。
私は着物に手を置いた。
もしも、私の記憶のお父さんが実の父親でなかったら、この着物を遺してくれたお祖母ちゃんとは無縁になってしまう。
この着物を遺してくれたお祖母ちゃんの気持ちがすごく嬉しいのだから、それだけで十分ではないか。
着物に描かれた大輪の椿を指でなぞる。
ゆっくり、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんと過ごした日々を思い出しながら。
両親に愛され、笑って暮らした日々を思い出しながら。
あ……れ?
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