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不安と恐怖に犬は食いつくされてしまった。
賊を殺したのは自分ではない別の犬だと証明したくてねずみやうさぎといった小動物を毎日のように噛んでみた。
だが、結果はいつも同じ。
数日たつと犬の足元には動物の亡骸が転がっていた。
もう犬の歯は毒牙と化していたのだ。
もう何もかも嫌になった。毎晩森の神に、今はもう無いあの大樹に「殺してくれ」と願う日々が続いた。
やがてその恐ろしい毒は犬自身にもまわりはじめる。
食欲がなくなり、優しかった性格は狂暴になった。
それでも狩人は黙って寂しそうな視線をよこすだけであった。
そんなある日、夢の中で犬は切り倒された大樹の姿を見た。やがてどこからともなく女人の声がして意外なことを囁く。
「大樹を切った賊に罰を与えてくれた礼にお前の欲しいものをくれてやろう。
病を治す薬でもお前の求む死でもなんでも良いぞ」
その言葉に驚く前に犬は深く傷ついた。あの賊や多くの動物を殺してしまった事実が生々しくよみがえったのだ。
水すらも喉を通らずに独りで死んだという賊のことを思い出す。与えてしまったその苦しみを自分も感じなければ。
そう思った犬はこう言った。
「決して外れることのない口枷をください」
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