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02_小林の友達(2)
「えー……皆様、今日はお集り頂きまして誠にありがとうございます。こうして××大学経済学部名越ゼミ十二期生のメンバーがこうして再び集まることができたのもですね、大学時代に育まれた強い絆によって……」
「はい、カンパーイ!」
神谷の話を遮るように、ほかのメンバーが持っていたグラスを掲げ乾杯をする。神谷はグラスを持って立ったまま固まっていた。
「津田さーん、まだ話が……」
「五人しかいないのにそんな長い挨拶すんな。てかもうそのボケも飽きたわ」
津田が神谷に突っ込みを入れて笑いが起きる。神谷は「ちゃんと考えてきたのに……」と悔しそうな素振りを見せながら、そのまま自分の席に座り、持っていたビールをちびちび飲み始めた。
結局、忘年会に集まれたのは五人だけだった。最初は八人集まる予定だったが、残り三人は集合時間直前で来れないと連絡があった。キャンセル料回収すんのめんどくせぇ、あいつら踏み倒す気じゃねえか、と神谷はずっと居酒屋に行く道なりでぼやいていたのを、私はまた、しょうがない、と慰めた。
神谷が「先輩から教えてもらった」と得意げな様子で話していたお店は、小さい居酒屋だが中は落ち着いた雰囲気で、学生の頃使っていた、安い大衆居酒屋とは全く違う雰囲気である。フロアの真ん中にあるテーブルに神谷、津田、私が横並びに座り、向かいには田辺さんと石田さんが座っている。
「ゼミメンバーで飲むなんてめちゃくちゃ久しぶりだね―。いつ振りだっけ?」と言いながら、田辺さんがお通しのサラダを手際よく小皿に分ける。
「卒業式以来じゃないかな。私と真由ちゃんはたまに一緒にご飯に行ったりしてたけど」
石田さんの返答に、田辺さんは「まじかー。あっという間すぎだなー」と驚いた素振りを見せながら、分けられたサラダをみんなに配っていく。「ハイ、小林君」と、私の前にサラダが盛られた小皿を置いてくれて、私は、ありがと、と軽くお礼を言う。
「俺と小林はちょくちょく飲み行ったりしてるよ」と言いながら、神谷もサラダを受け取る。田辺さんは「え、そうなんだ。意外」と、少し驚いた様子だった。
「意外」の意味は、おそらく私と神谷の組み合わせというよりは、私が友達と飲みに行くことを指しているのだろう。大学の時はゼミ全体での飲み会以外ではゼミのメンバーと飲みに行くことがあまり無かった。ゼミ帰り神谷と飲んで帰るぐらいである。ゼミ以外の交友関係も薄かったため、友達とどこかへ出かけて遊ぶということもあまりなかった。
津田もゼミの同期と会った話をし始める。
「俺も前に河野とサークルのOB会であったよ、仕事が忙しいってぼやいてた」
「あいつって車のメーカーだっけ? もしかして今日来れないのも仕事?」
神谷が心配そうな顔をするが、それを津田が「ちげぇよ」と否定した。
「名古屋に転勤らしくて引っ越しの準備してるんだと」
「ほぇー。そっか、まあ元気だろ、あいつも」と、神谷がけろっとした顔で適当な相槌を打つと、田辺さんが「ちょ、聞いといてチョーテキトーじゃん」と突っ込み、石田さんがその隣でクスクス笑っている。
なんともないやり取りを聞いて、大学の時のゼミ室の会話を思い出す。私たちが所属していた名越ゼミは、三年になると学内の論文大会に向けて、ゼミ全体で論文を作成する。その時はその論文作成の資料集めや整理のため、遅くまで残ることもあった。といっても全員が遅くまで残っているわけではなく、ここにいる五人と、ここにいない河野が中心として作業は進めていたが。今日来なかった二人も、メンバーが論文作成班の集まりみたいになってしまったため、来づらかったのだと思う。
みんなの会話を聞いて、内心ほっとしている自分がいることに気が付く。東南口に集まった時、服装というか、格好が、みんな大人っぽくなっていた。神谷や津田は大学の時は、パーカーとかトレーナーとかを着ていたのに、今は休みでもシャツにコートを着ている。昔の神谷ならこんな店ではなく、安い大衆居酒屋を選んでいただろう。女性陣も、明らかに大人っぽくなった。
私は、あまり変わっていない。見た目だけを見て、自分が何も進歩していないのではないかと思い、焦った。
「小林、どした? ボーっとして?」
話をずっと聞いていた私を見て、神谷が、どうした、と会話のバトンを投げる。私は、何でもない、と反射的に返事をした。格好が変わっても、神谷たちが話をしているのを私が横で聞いている、という、大学時代のままの空間が今ここにあることに、少し安心した。
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