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02_小林の友達(3)
「――そういえば、小林君ってなんの仕事してるんだっけ?」
田辺さんの唐突な質問に、「へ」、と、変な声が出てしまった。津田がインフルエンザだったことを黙って論文大会の会場に行こうとした話や、ゼミの後輩が誰々と付き合ったなど、たわいのない話が続いて、次に就活の時の話になった。私は横で静かにみんなの話を聞いていたが、いきなり仕事の話が振られて、固まってしまった。
「IT関連ってことは覚えてるんだけど、ごめん大学の時にも聞いたよね」
田辺さんは申し訳なさそうな顔をしている。考えた挙句、ざっくりとした回答を返す。
「会社の基幹システムの保守・運用、かな」
基幹システム? と田辺さんは難しそうな顔で首を傾げる。
「会社の勤怠とかそういうやつ?」
そんな感じ、と答える。ただ、合っているはずなのに、少し不安になった。自分が何の仕事をしているのか、ちゃんと説明できるのかと言われると自信が無い。これをやっているんだ、という自信を持った回答ができないことに気が付く。
「あー前にも聞いた気がするわ」と言いながら田辺さんは首を傾げたままだった。
「保守運用って、何するの? ちゃんと動いてるか見てる感じ?」
「まあ、そんな感じかな、あと問い合わせの対応とか、障害とかあったら直したりとか。システムを導入したあとのサポート全般って感じかな」
いろいろと説明してみるが、田辺さんはまだ首を傾げたままである。
そして「んー、私には、よくわかんないや」と諦めたように言い放った。恐らく、あまり面白くなかったのだろう。
「そうだよね」と笑いながら誤魔化すが、内心、そんなこと言わなくてもいいのに、と思っていた。何やってるのか分かんない、と言われると、自分のやっていることが無意味みたいに聞こえて、心が沈む。なにより、自信をもって自分の仕事を説明できない自分が、情けなくてしょうがない。沈んでいる自分を気取られないように、声だけは明るく保つ。
「俺もわからないところ多いんだよね、まだ仕様とかわかっていないところ多いし、チームの先輩とかに比べると作業遅いから、怒られてばっかだよ。」
いつもはこんなに喋らないのに、なぜか口が勝手に動く。情けなさを隠すように、言わなくてもいい言葉がどんどん走っていく。
「これからずっとやっていけんのかなって思うよ、ホント」
「そう? 結構すごい仕事なんじゃないの」
「いや、先輩がすごいだけで、俺はまだ全然だから」
だから、
「頑張んないと」
「はぇー。小林君、大学の時から勉強すごい頑張ってたもんねー、さすがだわー」
なんとなくすごそう、という感想を述べると、田辺さんは飲み終えたお酒のグラスをもって、店員さんを呼ぶ。
少し嘘をついているような罪悪感を覚えた。大変な仕事のなかで頑張ってるみたいな風に言ったものの、仕事では私一人でできることなんて何もない。何かしようとしては、先輩に怒られ、サポートしてもらって、やっとやろうとしていたことができる状態だ。自分で最後までできる事なんてほとんどない。やっているだけであって、できているのとは違う。
できていない状態なのに自分の仕事を語るのは、嘘をついているようで、情けなくて、胸がえぐられるような気分になるのだ。
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