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執事は土下座されました
物語はヒロインが15歳の誕生日を迎えた日から始まる。ゲームの舞台はヒロインが通う学園だ。
入学式から進級するまでの1年間。
各攻略対象者たちの好感度MAXを目指して、吸血鬼の呪いに苦しみ闘いながらストーリーを進める。
恋愛イベントをこなし、悪役令嬢を断罪して王子たちの愛を勝ち取れば将来はこの国の(または隣国の)王妃にもなれるし、妖精王と愛を育めば人間をやめて呪いから解放され吸血鬼を殺して、世界に平和をもたらした聖女になり妖精と人間の世界に君臨することも可能。
あなたは誰と恋をする?
ヒロインはその夜、夢を見る。5歳のあの日、誘拐されて死にかけた時の夢だ。
嵐で雨にさらされ体力は限界だったし、何よりも恐怖で精神が壊れそうだった。
だから土砂崩れと共に流された時、ちょっとだけホッとしたのだ。誰も助けてくれないのなら、このまま死んだ方がもう怖い思いをしなくてすむと。
でも、冷たい土に埋まるはずだった体は暖かいなにかに包まれた。
うっすらと目を開けると、そこにはこの世のものとは思えないくらい美しい人がいた。
黒い髪、紅い瞳。そして薄い唇がわずかに動く。
首筋にチクリとした痛みが走り、ヒロインはこの人が吸血鬼で自分がその獲物になったのだと、新たな恐怖を感じたのだ。
『おま…………の……い、………………を』
嵐の音で吸血鬼の紡ぐ言葉は全然聞き取れなかったが、『お前に呪いを』とヒロインには聞こえた。
こうしてヒロインは助かったあとも吸血鬼の呪いに恐怖した。
いつか自分は呪いで殺されるのか、それとも吸血鬼の餌にされるための印をつけられたのか…。
そして仲良くなった攻略対象者たちにその事を告げ、攻略対象者たちはヒロインを守るために吸血鬼と闘い、吸血鬼を殺してヒロインを呪いから解放しハッピーエンドを迎える。
「……のが、本来のストーリーなんだけどさ」
ニコラスがそれはもう長々と乙女ゲームとやらの説明を力説していました。
『……つまり、アイリはその乙女ゲームとやらのヒロインだと?
アイリがあの人間の王子たちを誘惑して侍せ手玉にとり、最後はお前と結ばれる運命だと?俺様に殺されないために?』
「えーと、俺と出会うにはハーレムルートってのをだね……」
さらにニコラスが“ハーレムルート”なるものの説明を付け加えてきましたが、あまりの内容に口にするのも戸惑いました。
何人もの男を同時に誘惑して享楽へ誘う?あのアイリ様が?
私にちょっと迫られただけで鼻血を出して気絶するアイリ様が?
『それはヒロインというより男好きの悪女ではないのか?』
「えっと、なんか語弊が……いや、ハーレムルートっていうのは、間違ってはないけどちょっとその悪女とかじゃなくて……」
『お前はアイリを愚弄しているのか?』
「そんな滅相もございません!」
私はちゃんと笑顔で接していますよ?なぜニコラスは真っ青な顔でスライディングしながら土下座してくるんでしょうね?
おやおや、あんまり勢い良くスライディングするものだからナイトが頭から外れてしまったじゃないですか。ナイトはパタパタと私の肩に飛んできて、ニコラスに向かってシャーッ!と牙をむきました。
まだ怒りはおさまってませんね。
「今言ったのは、俺が知ってるゲームの内容だけど、でもリリーは俺の知ってるヒロインとはちょっと違うんだ。
ゲームのヒロインは、もっと暗い性格って言うか……吸血鬼の呪いを恐れて人と関わらなくて、その王子たちに守られながら学園生活を送ってる中で俺と出会って真実の愛に目覚めるんだ。俺はヒロインの呪いごと彼女を受け入れて、結局吸血鬼は姿を現さずそのままハッピーエンドになるはずなんだけど……。
リリーは、吸血鬼を恐れてないし王子たちにも守られてなかった。
リリーを守ってたのはセバスチャン……リリーを殺すはずの吸血鬼だった」
『俺様がなぜアイリを殺す?』
「ゲームではそうなってるんだよ。
でもリリーの性格がまず違うし、ラスボスの吸血鬼はリリーの側にいるし……。
だからこれは憶測でしかないんだけど、お前が言った突然変わったという今のそのリリーが本来のヒロインのリリーで、あのリリーはゲームのバグじゃないかと思うんだ」
『バグとはなんだ?』
「なんていうか……欠陥?だって絶対好感度高いのにヒロインがシークレットキャラを攻略どころか結婚お断りするなんて本来おかしいんだよ。
だからあのリリーはキャラ的に間違いで欠陥ひ……ん……」
次の瞬間、ニコラスの体がズズッと床に半分沈みました。
「ぎゃーっ!?おまっ、こんなとこでラスボスの最終技使うなよ?!これ超バッドエンドの時に発動されて闇に飲み込んだ奴をミイラみたいにして殺す技じゃねーかよ!?」
おや、なぜ私の能力のことを知っているのでしょう?最後に使ったのは幼いアイリ様を誘拐した男どもくらいのはずですが。
『やけに俺様のことまで詳しいな……そうか、これがストーカーか』
「誰がお前みたいな陰険執事をストーカーするかっ!
だからお前はゲームのラスボスで、俺はゲームをプレイしてたんだよ!シークレットキャラ以外の攻略対象者のルートは全部バッドエンドだったからラスボスにめっちゃ殺されたんだよ!」
ニコラスの体を飲み込もうとしていた能力を消し、ニコラスが床から這い出てきました。
どうせなら半分くらいミイラになればいいと思います。
『あのアイリが欠陥品?俺様の所に押し掛けてきて結婚を迫ってきたアイリが?
攻略対象者だとかいう王子どもをメリケンサックで殴り飛ばしてきたアイリが?
鼻血を出してうっとり顔で俺様の脱ぎたてシャツを抱き締めながら気絶してたアイリが?』
「お前、リリーに何を抱き締めさせてんだよ?!」
アイリ様が熱望されたシャツですが?
『……では、人狼の王子に聞こう。
お前が愛していたのはヒロインとらやのアイリで、あのアイリは愛せないのか?囁いた愛の言葉も婚約もすべて偽りか?
お前は今の部屋の片隅で吸血鬼に怯え他人との接触に怯え、すべてを拒絶するアイリの方が真実に愛せると言うのだな?
もう、あの笑顔が見れなくても』
「それは……」
ニコラスは視線を足元に動かし、手をきつく握り締めました。
そして少し沈黙したあと私をまっすぐ見据えます。
「俺は、あのままのリリーが好きだ。
そりゃ最初はゲームと違うことばっかりで戸惑ったし、なんで俺を好きになってくれないんだろうって思ったけど……。
やっぱり、ヒロインのリリーじゃなくて……セバスチャンのことを好きでもいつも元気なリリーが好きなんだ……!だから、絶対リリーを元に戻す!」
決意の感じられるニコラスの瞳を見て、私は目を細めます。
『フッ……。まぁ、いいでしょう」
私はセバスチャンの姿へと変わり、ニコラスを見てにっこりといつもの執事スマイルを向けました。
「合格ですよ。ギリギリですけどね」
一応(?)私のライバルなのですから、これくらい当然です。
「へ?合格?」
ニコラスがきょとんとした顔で私を見てきますが、その顔はアイリ様がするから可愛らしいのであって駄犬がしてもまったくもって欠片も可愛くありません。
「なんです、その顔は?この私が教育して差し上げていたのにまったくもって躾が身に付いていませんね……。せっかく滅ぼすのをやめてあげたというのに、これでは減点――――不合格で追試しますか?」
ん?私がちゃんと笑顔で対応しているのに、なぜまた真っ青になってスライディング土下座してくるんでしょうね?
これだから駄犬はいけません。
「なんで、吸血鬼の時より怖い笑顔してくるんだよ――――?!」
そんなこと叫んでる前に、アイリ様を元に戻す方法を考えて欲しいんですけどね?
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