65人が本棚に入れています
本棚に追加
隠しキャラクターの決意
俺の名はニコラス。このゲームの隠しキャラクターで人狼(ワーウルフ)一族の末裔である異国の王子だ。
人狼(ワーウルフ)一族にはたまに先祖返りと言われる能力者が産まれる。それが俺だ。
俺は今までの一族の中でも数えるほどしかいないと言われるくらいに先祖返りの力が強かった。
そのせいなのかは知らないが幼い時から前世の記憶があった。最初はおぼろげでぼんやりとした記憶だったけれど、成長するにつれそれはハッキリとする。
俺は前世である少女に恋をして、その少女と共通点が欲しくてとあるゲームに熱中し、死んだ。
あの子の理想の男になって、ゲームのようなハッピーエンドを迎えることだけを夢見て……告白することもできずに死んでしまった情けない男だった。
そしてある時気づいたのだ。今の俺こそ、前世の俺が理想だと憧れたあのゲームの隠しキャラそのものではないのか?と。
そう考えた途端、すべてが繋がる。
ここはあのゲームの世界。
俺はゲームの中に隠しキャラとして転生していたのだ。
普通なら笑い話かそれこそ痛い妄想だと言われそうだが、なぜか俺にはそれがしっくり来ていた。
ここがゲームの世界なら、ヒロインがいるはずだ。俺の愛するリリー。
俺はリリーに会うために必死に探した。俺のルートのゲームの世界なら、きっとヒロインの名前は“アイリ”のはずである。
俺の見ていないところでゲームが進んでいるのなら、きっとヒロインは俺と出会えるルートを進んでいるはずだ。
そして俺はとうとうヒロインを見つけた。しかし目の前で起こっているのはまるで断罪イベントの光景。
あそこにいるのは確かに悪役令嬢のようだが、俺のルートでの悪役令嬢の断罪シーンはもっと後半のはずだ。だってまだ俺がヒロインに出会っていない。
俺が断罪しなければいけないのに、いくらなんでも早すぎる。そしてなにより、その悪役令嬢を庇っているのはまさにヒロインだったのだ。
俺は学園への転入手続きのためにと一緒に来ていたお供に命令して異国へと連絡を入れた。
あの悪役令嬢を保護してもらうために。
俺以外の誰かに断罪されてはストーリーが違ってしまう。悪役令嬢はヒロインと結ばれるための重要なキャラだ。とりあえず確保しておこうと思ったのだ。
殺すのは後からでもできるならな。
やっと俺のヒロインに会えた。俺は前世からの念願だった隠しキャラのセリフを口にする。
ヒロインは俺を見て一瞬で恋に落ちるはずだ。
本当はヒロインの頬にキスするシーンなのだが、このまま唇にキスしてしまおうとヒロインを抱き締めた。
しかし運命の出会いは黒髪、黒目の執事に邪魔されてしまう。執事?そんなキャラいたか?
しかもヒロインは俺に一目惚れするどころかその執事にすべてをゆだねるように抱き締められているではないか。
執事を見つめるエメラルドグリーンの瞳には確かに好意的なものがあった。
しかし俺の勘と人狼(ワーウルフ)の鼻があの執事からは“吸血鬼(ラスボス)の臭いがする”と告げる。
瞳の色は違うが確かあんな顔だったと前世の記憶を思いだす。とにかく俺が知ってるゲームの内容と少々違うことになっているのは確かなようだった。
せっかく悪役令嬢を確保したのだから情報を聞き出すことにした。しかしいざ悪役令嬢から話を聞いてみると考えていたストーリーの進行とやはりなにかが違っていた。
しかもこの悪役令嬢はヒロインと親友で、他に悪役令嬢がいるらしい。
それから俺は異国の王子という権力を使ってこの国の王様に話をつけたり色々と裏に手を回したりと、まぁ色々とした。
なによりこの国の王子どもがヒロインを狙っていると聞いてそれはもう頑張ったわけだ。
異国の親にヒロインを婚約者にしたいとお願いした。
人狼(ワーウルフ)一族は本来なら一族同士で婚姻を繰り返す。その方が血が濃くなり先祖返りが出やすいと考えられているからだ。たまに外から血を入れるとしてもそれこそどこかの王女かそれなりの権力を持つ者だった。
ヒロインは確か領主の娘だ。異国からしたらそんなの市民に毛が生えたような存在だろう。異国の常識から考えればあのヒロインを王子の妻にするなんてあり得ないと笑われて終わりだ。
だから俺は賭けに出た。
ゲームの設定が受け継がれているなら、将来ヒロインには特殊な能力が開花する予定だ。
それを餌にして異国の王族どもを説得した。期間は3年。しかも仮婚約。
この3年の間にその特殊な能力を目覚めさせることができなければ俺の気持ちが変わったと言うことにして仮婚約を破棄するという条件付きだった。俺はその条件を承諾する変わりにヒロインの家にはあくまでもあちらに良い条件として提示してもらうように頭を下げた。
婚約が成立してもしなくても友好な関係を持つとなればあちらだって断れないはずだ。
こちらの王家にもヒロインの親が異国の申し出を受けやすいようにと無理矢理な婚約の申し込みをしてもらった。
無事に仮婚約が成立しホッとする。
あの陰険執事が俺の教育係っていうのは気に入らないが、あの吸血鬼が何か企んでるかもしれないので近くで見張れると思えばいいだろう。
うまくいかない。陰険執事はもちろん、人魚やちびコウモリまでやたら俺の邪魔をしてくる。二人目の悪役令嬢のいじめを止めさせて感謝はされたが、ヒロインが全然俺に恋愛感情を示してくれない。
嫌われてはいないようだが、友達としてしか見てくれないのだ。
おかしい。ゲームのシナリオならとっくにヒロインは俺と相思相愛になっているはずなのに。
しょうがなく、悪役令嬢を解放することにした。
本当なら俺がこの悪役令嬢の首をはねてヒロインに感謝されるはずなのに、そのヒロインがずっと悪役令嬢と会いたいと訴えてくるからだ。姿はゲームでの悪役令嬢そのものなのに、ヒロインと再会し抱き合う悪役令嬢は普通のモブキャラのようだ。
ただ、気になる臭いがする。モブキャラではあり得ない特殊な臭いだ。なにか秘密があるのだろうか?
……シークレットステージでは悪役令嬢は出てこないが、悪役令嬢を殺さなかった場合のルートの結末は知らない。隠しキャラの邪魔になるキャラクターは全部殺していたが、どうせなら全パターンのルートを見ておけば良かったと思った。
しばらくしてからヒロインの様子が変な時期があった。陰険執事を見ては頬を赤らめ、うっとりとした吐息をする。
俺が聞いても顔を真っ赤にして「なんでもない!」と首を左右にちぎれんばかりに振るだけだし、陰険執事はそれを見て微笑むだけ。まさか二人の関係に変化が?
いや、ヒロインが吸血鬼と結ばれるエンディングなんてあり得ない。ラスボスと結ばれるとしたら俺しかいないのだから。
なんてことだろう、竜人(ドラゴニュート)まで現れた。いつの間にシークレットステージに突入したんだ?
いつの間にヒロインはすべてのルートをクリアした?
いまだに俺との婚約を良しとせず、俺と身も心も結ばれてから発覚するはずの能力もまだ目覚めてないのに?
いつ、どこから、シナリオが狂ったんだ?
そして異国から帰国を促す連絡がくる。竜人(ドラゴニュート)が戦争をふっかけてきて、しかもその原因がヒロインへの横恋慕だ。
いまだに特殊な能力に目覚めていないヒロインの存在が、異国へ繁栄をもたらすどころか竜人(ドラゴニュート)との戦争の発端となってしまい異国の王家はヒロインのことを目の上のたんこぶかのように扱いだした。
俺は陰険執事にヒロインを託すことに決めた。
なぜだろう、ヒロインのことに関してだけはこの吸血鬼が信用できると思ったんだ。
本来なら俺がヒロインと大国へおもむき、変わった能力を持った大国の皇子によってヒロインの特殊な能力が暴かれる。
魂に刻まれた力を見ることが出来る皇子によって、ヒロインは異国にとってとても価値のある能力に目覚めるんだ。
後でわかった事だが異国の王家も大国へ依頼を出していた。ヒロインとあの悪役令嬢の魂に刻まれた力を見るようにと。
ヒロインはともかく、なぜ悪役令嬢まで?とは思ったが、どうやら異国に悪役令嬢を匿っている間にあの特殊な臭いに気づいた者がいたようだ。
俺ほどではなくても他にも人狼(ワーウルフ)の先祖返りはいる。鼻が利く奴なら嗅ぎ分けられるのだろう。
俺はヒロインが大国で特殊な能力に目覚める事を願い、竜人(ドラゴニュート)どもと闘った。
しかしその最中、ヒロインと共に大国へ行ったはずの陰険執事が現れる。
不機嫌な顔であっという間に竜人(ドラゴニュート)の兵士たちを倒してしまう。さらに王家の……ぶっちゃけ俺の親が余計な事を言ったせいで執事の姿から吸血鬼の姿に戻り王や側近や人狼(ワーウルフ)の兵士たちすべてが壁に半分めり込まされてしまった。
人狼(ワーウルフ)一族は頑丈だからこれくらいでは死なないのでそれはいいのだが、吸血鬼の顔が……オーラがものすごく恐いことになっている。
俺だって同じラスボスの位置にいるキャラクターなんだからその気になれば吸血鬼にだって負けないと思っていた。
圧勝は無理でも、同等な力はあるはずだと……。でも実際は違った。
圧倒的な威圧感。その気になれば人狼(ワーウルフ)どころか、この世界すべてを滅ぼせるだろうと感じさせるオーラ。
これが、真のラスボスなのか。と。
そしてその吸血鬼からヒロインの異変を知らされる。それはまさにゲームのヒロインそのものだと思った。
特殊な能力に目覚めるはずが、今までのヒロインから正しいヒロインの人格へと変化してしまったのか。
心のどこかで安堵する。今までのヒロインはバグだったのだ。だから俺に恋をしなかった。ならば正しいヒロインならゲームのシナリオ通りに俺と愛し合ってくれるはずだ。
……そう、思ったのに。脳裏に浮かぶのは、いつも笑顔で陰険執事と一緒にいるヒロインの姿……リリーの姿だった。
吸血鬼の呪いなんてなんとも思ってなくて、悪役令嬢とは仲良しで、ヒーローであるはずの俺にはちっともなびいてくれない。
それでも、俺が好きになったのはゲームのヒロインではなく、あのリリーなんだとわかってしまったんだ。
だから俺は決意する。リリーをリリーに戻すと。
そして陰険執事と共にすっかり変わってしまったと言うリリーに会うために大国へ来たのだが……。
「あなたがニコラス様ですか?お願いします、私を吸血鬼の呪いから守ってください!」
俺の姿を見るなり、部屋の片隅から飛び出し俺の胸へと飛び込んできた。ピンクゴールドの髪からはふんわりとした甘い香り。
怯えたエメラルドグリーンの瞳は涙を浮かべながら俺を見つめている。
「もう私はこの呪いの恐怖に耐えられない……。助けて……っ」
そこにいるのは、確かにゲームのヒロインだった。
俺が前世でプレイしてた時に、似たようなセリフを言いながらヒロインが隠しキャラに助けを求めて抱きつくシーンがあったはずだ。
ヒロインの人格と出会ったら、なにか変化が起きるかもしれないと思ってた。このゲームの強制力がどの程度のものかはわからないが、俺のヒロインへの好感度の高さからしたらすぐさまハッピーエンドのエンディングに進んでもおかしくないくらいだ。
……でも違った。俺の好感度は下がる一方だ。
俺はこのヒロインになんの好意もない。
ゲームのシナリオなんて、とっくに狂っていたのだ。
あぁ、やはりリリーで無くては駄目だ。本当はわかってる。最初に会った時からゲームのヒロインとは人格が違うと気づいていたのになぜ俺はシナリオを進めようとしていたのか。なぜリリーにこだわったのか。
リリーは、前世の俺が好きになったあの少女にそっくりだったからだ。
明るくていつも笑っていて、自分の好きなものにまっすぐで一生懸命で……。
俺を優しい笑顔で見てくれた“愛莉(アイリ)”にそっくりだったから好きになったんだと、ハッキリとわかった。
あんなに情けない男だと思っていた前世の俺の気持ちが染み込んでくる。病弱で気弱で、告白どころか声をかける勇気も無く彼女が好きだというゲームに逃げた、情けない俺。
でもリリーに出会って、会話して触れて一緒に過ごせて、楽しかった。
もう一度、あの笑顔に会いたいから。
俺はヒロインの肩をつかみ体を離した。
「……ニコラス様?」
不安そうに俺を見上げるヒロインに告げる。
「……君を、必ず元に戻す」
これは俺の決意だ。ヒロインを抱き締めなかったのは、決して背後に感じる陰険執事の鋭い視線とオーラが怖かったからではない。……たぶん。
最初のコメントを投稿しよう!