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過ぎ去った夢
夢を見たの。知ってるけど、知らない夢。
それは、アイリではなく、愛莉の夢ーーーー。
私はあまり友達がいなかった。というかまったくいなかった。
周りの子達とはちょっとテンションが違うらしく、常に一歩離れてるような感じがした。
例えば周りの子がアイドルに夢中になってその話をしてきても私はアイドルなどにはまったく興味が無く、周りの子が言ってるアイドルの話なんて睡魔の呪文のようにしか聞こえなかったし、相槌を打って適当に合わせるなんて芸当など出来なかった。
彼氏を作ることどころか恋愛にも興味が無かったし、何が好きかなんて聞かれても特に何もなかった。
「だいぶ変わった子」
そう言われながら、ずっとひとりだった。別に苛められていたわけでもないし、ひとりでも不都合は無かったが。興味の無いアイドルや人気のある男子の恋愛話に付き合わなくて良かったので楽だったのだ。
私はなにが好きなんだろう?自分でもわからない。特になにもないまま、何もない毎日が過ぎていく。
そんなある日、初めて人が苛められてる現場を目撃してしまった。
「変な名前のくせに、いい気にならないでよね!」
そんな事を言われながら突き飛ばされていたのは、長い黒髪を三つ編みにした可愛い女の子だった。
「“るちあ”なんてキラキラネームじゃん。変なの!」
私は思わずその場に走り込み、女の子の前に立つとこの子を突き飛ばしたふたりの女子を見る。
「な、なによ」
「ちょっと、この子ってたしか変り者だって噂の……」
どうやら私の事を知ってるようなので好都合だ。私はニヤリ笑う。
「私はあんたたちの秘密を知ってる」
「はぁ?なに言って……」
突っかかってこようするふたりに自信満々の顔でつめよってやった。
「先月、あんなとこであんなことしといて……」
そう含みをもたせた言い方をすると、ふたりの女子は顔色を変える。
「し、知らない!なに言ってんのよっ」
「まさか見てたの……?!あたしは、か、関係ないからね!」
そしてバタバタと慌てて走り去っていった。
ふっ、勝った!と、私は小さくガッツボーズをした。
「立てる?ケガしてない?」
「あの……助けてくれてありがとう」
三つ編みの女の子はやっぱり可愛かった。
おぉ、そして我々の年頃にしてはかなりのばいんばいんではないか。
「あの子たちのこと、知ってるの?秘密って……」
「ん?知らない。テキトーに言っただけだよ」
私の言葉に女の子は目をぱちくりしてから笑った。その笑顔がすごく可愛くて、私はその子がすごく好きになったんだ。
「わたし、春野留千愛(ハルノルチア)。3組だよ」
「私は櫻愛莉(サクラアイリ)!隣のクラスだね。
“ルチア”ってすごく可愛い名前だね!ねぇ、るーちゃんって呼んでいい?」
女の子はびっくりした顔をしてから真っ赤になって頷いてくれた。やっぱり可愛い!
その日から私とるーちゃんは親友になった。
るーちゃんは私にいろんな事を教えてくれる。るーちゃんは「わたし、実はアニメやゲームが好きで……」と昔のアニメや漫画、おすすめのゲームなど見ているうちに私もるーちゃんと同じものが大好きになった。
どうやら私は一度好きになるとまっしぐらな性格らしく、趣味はアニメとゲーム!と、とにかくまっしぐらだ。学年が上がっても進学しても、私とるーちゃんの関係は変わることは無く同じクラスになればさらに学校でも外でも毎日一緒にゲームの話に盛り上がっていた。
「ねぇ、愛莉!新作のゲームやらない?」
「どれどれ、乙女ゲーム?」
その日るーちゃんが見せてきたのは今の流行りだと言う最新作の乙女ゲームだった。
「一部マニアの間ではすでに大フィーバー中のゲームらしいのさ!やり込めばやり込むほど公式にも載ってない秘密があるらしいって噂があって……って、聞いてる?」
「……このキャラ、かっこいいね」
私はるーちゃんの言葉などさっぱり耳に入ってこず、説明書のキャラ紹介欄の端っこに載ってる黒髪のキャラクターに釘付けになった。
「ん?あぁ、それはラスボスだよ。そいつがヒロインに呪いをかける吸血鬼で、攻略キャラクターとそいつを倒したらハッピーエンド……って、また聞いてないじゃん」
「吸血鬼かぁ……素敵な人……」
ゲームのキャラクターとはいえ、異性を初めて意識した瞬間であった。
そしてゲームをプレイして、あの一瞬の微笑みのイラストに完全に心を奪われたのだ。でもあのイラストのことはるーちゃんに聞いても知らなかったし、公式攻略サイトにも載ってなかった。
見間違いかもしれないと思ったけど、脳裏に焼き付いたあの微笑みがどうしても忘れられない。こうして私は自他共に認める吸血鬼様マニアになっていった。
「ねぇ、あの男子またこっち見てるよ」
「え?」
いつものように教室でるーちゃんの胸にふにふにしたりゲームの話をしたりしてると廊下側から視線を感じて振り向く。
るーちゃんいわく、よく休み時間に廊下から私達を見ているらしい。
私が振り向くとその男子と一瞬目が合い、反射的ににこっとすると、男子は走って逃げてしまった。
「隣のクラスの奴だよ。確か、谷上颯人だったかな?最近よく廊下にいるの見るし」
「もしかしてるーちゃんに告白したくて見てるのかなぁ?前にもそんな男子いたよね」
「やめてよ、あんなの告白じゃないって。人の胸をにやけ顔で凝視してきといてなにが“君の性格がすきなんだ”よ。わたしがどんなアニメ好きかも知らない上に断ったら“オタクかよ”って馬鹿にしてきたんよ」
「なにそれ!るーちゃんの胸は私のものなのに!」
「あんたのものでもありません。ってか、さっきの奴はそんな感じでもなかったけどなぁ。どっちかというと愛莉の事を見てたよ」
親友がどうでもよさげに言うが、私はちょっとだけ気になった。そしてある結論にたどり着く。
「あ!もしかしてこのゲームの事が好きで仲間になりたいのかもしれないよ!
乙女ゲームだし男の子は話に入りにくいじゃん!ほら、ヒロインとか悪役令嬢とかのキャラが好きなのかもっ」
私はゲームのパッケージに描かれている悪役令嬢のキャラを指差した。
「この悪役令嬢、るーちゃんと同じ名前だしツンデレだし、めちゃくちゃ可愛いよね~」
「でもヒロインにはかなりきつくあたるじゃん」
「ヒロインがネガティブ過ぎるんだよぅ。絶対この悪役令嬢は仲良くなったらめちゃくちゃ可愛いって!
ツンデレの中に愛を感じるもん。あ、もちろん1番素敵なのは吸血鬼様だよ!昨日はドS王子のルートでちゃんとバッドエンドになって、吸血鬼様がヒロインを拐ってくれたの!
あぁ~吸血鬼様を回転台に乗せてくるくる回しながらずっと眺めていたい……」
うっとりと想像する私に親友は楽しそうに笑った。
「まったく、愛莉は中二病だね~」
「吸血鬼様は私の初恋だもん」
しばらくしてその男子を見かけない日が続いた。
「なんか、入院したらしいって」
「え?入院?!どっか悪かったの?」
そしてお見舞いに行こうと思った。るーちゃんはその日用事があって一緒に行けないから別の日にしようって言われたけど、思い立ったが吉日って言うしひとりで行くことにした。
きっとゲームの話をすればすぐ元気になるはずだ。
「うわっ、雨が降ってきた……!」
もうすぐ病院という所で雨が降ってきた。突然のゲリラ豪雨に鞄で頭を隠しながら横断歩道を走り抜けようとすると、目の前に凄い勢いで乗用車が止まりびっくりして2、3歩後ずさったところで後ろ向きに転けてしまう。
しかし車から出てきた人は私に気づくこと無く「颯人……!」と叫びながら慌ただしく病院へと走って行ってしまった。
颯人って確か……。
そう思った時、激しいブレーキ音が響く。
どしゃ降りのゲリラ豪雨で視界の悪い中、路上駐車されたあの乗用車を避けようとしたトラックが私の目の前にいたーーーー。
気がつくと真っ白な世界にピンクゴールドの髪にエメラルドグリーンの瞳をした少女がいて、私を見ていた。
「私はアイツが嫌い」
まっすぐに私を見る瞳は冷たくて怖かった。
「アイツとあなたは必ず離ればなれになるわ。そしてあなたはアイツを殺すことになる。これは変えようの無い真実(ルール)なのよ」
その少女が言葉を紡ぐ度に真っ白な世界が端から崩れていき、私の足元にヒビが入る。
「……嫌よ。私は、絶対に離れない。私が……っ」
ヒビが大きく割れ、私の体は暗闇へと落ちた。
私が、“あの人”を守るんだから。
ゲリラ豪雨が止み、雲の隙間から太陽の光がこぼれる。病院の前は騒然とし、人だかりを押し退けて医者の声が響いた。
「早く担架をーーーー!」
こぼれ落ちた光が明るく照らした先には、横転したトラックの横で1枚のゲームディスクを抱き締めたセーラー服の少女が倒れていた。
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