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執事は痴話喧嘩に巻き込まれます
長い廊下を抜け、舞踏会の会場にたどり着きました。お城というのはなぜこうも無駄に広いのでしょうか?走るわけにもいかないのでやたら時間がかかってしまいます。
ひときわ大きな扉の前に警備兵が2人立っていました。賑やかな音も聞こえてきます。
「招待客のアイリ・ルーベンス様の専属執事です」
そう言うと警備兵たちが無言で頷き扉を開けてくれました。
「……」
パタン。
中の様子を見て、思わず扉を閉めてしまいました。つい。
今日は舞踏会のはずです。舞踏会というからにはダンスを踊るものだと思っていたのですが……。
警備兵たちに視線を向けると一瞬目が合い、すぐさまそらされてしまいました。
「…………(汗)」
どうやら正しい舞踏会では無いようですね。ひとつため息をつき、再び扉を開けました。
「おーほほほほほ!そこでおとなしくひざまづきなさい!」
舞踏会の会場のはずの広間では、四角い檻の中で猛獣(猫科)相手にそれは楽しそうに鞭をふるっているルチア様がおられました。
あんなに生き生きとした顔をなされて……まるで学園で双子王子たちを鞭でお仕置きしていた時のような表情をしていらっしゃいます。
「ガルル……」
ピシィッ!!
鞭を打たれ、ルチア様の2倍はありそうな猛獣がおとなしくその場に伏せました。よく見ると猛獣だけ傷だらけです。
ごろんと寝転がり腹を見せるとその勇ましい姿からは想像がつかないような鳴き声でルチア様に服従を示します。
「にゃーん、にゃーん」
「おーほほほほほほ!わたくしに歯向かおうなどと100年早いですわ!」
巨大な猫となった猛獣はルチア様に「お手!おかわり!死んだまね!」と色々と芸を仕込まれ最後にはルチア様をその背に乗せておりました。
「にゃーん」
私の記憶が確かならば、猛獣とは気性が荒く自分のテリトリーを荒らすものは容赦なく食い殺すような人食い獣で決してなつかない……はずなのですが、ルチア様に猫じゃらしで弄ばれている様子はただの巨大な猫でした。
ルチア様の鞭さばきは以前からとても素晴らしいとは思っていましたが、まさかこれは……。
「勝者、ルチア・ノアベルト!」
審判らしき男が宣言し、檻の鍵を開けました。すぐそばで見ていたアイリ様がルチア様に駆け寄ります。
「ルーちゃん、ケガはない?!」
「大丈夫ですわ、アイリちゃん」
どちらかというと猛獣の方が満身創痍ですよ、アイリ様。
「アイリ様、これはどう言った催しですか?」
私が声をかけるとアイリ様は息継ぎも忘れて一気に話されました。
「セバスチャン!それがこの部屋についたとたんニコラスは連れていかれちゃうしルーちゃんは檻にいれられちゃうしなんかでっかいのが連れてこられるし、新しい王子様の代理人だとか言う人がこれが正しい<ぶとうかい>だとかわけわかんないこと言い出して、ルーちゃんが鞭で女王様になっちゃったの!!」
申し訳ありません、アイリ様。鼻息荒く、興奮されてるからか頬が少し紅潮されてるその姿はとても可愛らしいのですが、おっしゃってる内容がイマイチ理解できません。
そんなにぐいぐい顔を近づけて訴えなくても聞こえています。……人前でキスされたいんですか?
いえ、しませんけどね?
「とりあえず落ち着いて下さい。あの犬はなぜ連れていかれたのです?」
異国の王子であるニコラスはどちらかというと王家からは優遇されるべき人物のはずですので、連行されたとなるとかなりの大問題だと思われます。
なによりあの犬がおとなしく連れていかれたなど信じがたいことです。
アイリ様が興奮しすぎたのか「ほら、あれ!あれが!それ!」と訳のわからないことを手振り身ぶりで伝えてこようとしていますが、まったく伝わらないのでルチア様に視線を向けると、ルチア様は深いため息をつかれました。
「……それが、どうも新しい王子様というのがかなりの問題児のようでして。ほら、あそこにおられますわ」
ルチア様に促された先に視線を動かし、不覚にも少々驚いてしまいました。まずそこにはこの国の王様がいらっしゃったのですが。
……土下座の格好で。
さらにその王様の頭の上をハイヒールで踏みつけてる最中の王妃様がそれはそれはお怒りのご様子で回りにいる配下の方たちは恐ろしくて近づけないご様子です。
まぁ別にそのようなことでは特に驚きません。土下座の王様が真っ青になって謝り、王妃様が「100回死んでこい!」とその鋭い踵で頭をグリグリと踏みつけているだけですので。あ、とうとう頭に穴があきましたね。ぴゅーっと血が吹き出していますが王妃様はお構いなしです。
なにをしでかしたは存じ上げませんが、100回くらいで許してもらえるなら良かったですね?
そういえばルチア様は王妃様に鞭を習ったとおっしゃっていましたが……女王様になった理由がわかった気がします。
そんな流血事件にみんなの注目が集まっていると、私が驚いてしまった理由が動き出しました。
それは自身の背についている羽をパタパタと動かし宙に浮かびます。顔立ちはあの双子王子に似ていますね。金髪碧眼で幼いながらになんともイラッとする生意気なお顔をしてらっしゃいます。
そしてお尻についている長い尻尾をぶんっと振られました。
「りゅーたんがあたらしいおーさまなのです!」
なんとそこにいたのは竜人族の子供でした。
さすがに驚きました。長い吸血鬼生を生きてきましたが竜人を見るのは初めてでしたので。滅多に自分達の領域から出ないらしいですので魔物の中でもかなり希少ですよ。
しかし噂に聞いていた竜人とはもっとこう爬虫類的なものでしたがこの子供は人間に羽と尻尾が生えてるだけのようです。
あぁよく見ると瞳の形が蛇のようですし、首筋から下はは固い鱗に覆われているようですね。さしずめ竜人と人間のハーフといったところでしょうか?
「……新しい王様ということは、例の遠い親戚筋の子供を養子にしたとおっしゃっていたのは……」
「あの子供の事ですわ。しかも遠い親戚筋ではなく、王様の隠し子のようですの」
……つまり、王様は竜人の女性に手を出したのですか。二足歩行する人型の羽が生えた蜥蜴と子供を作るとは王様の守備範囲の広さは次元を越えますね。普通なら出会った瞬間殺されてますよ?すごいですね。
「なるほど、側妃ではなく愛人の子供ですか」
「まさか竜人を愛人に囲ってらっしゃるなんて王妃様も知らなかったようでして、遠い親戚筋の子供がなぜ竜人のハーフなのか問い詰め続けたところ白状なされたそうですの」
王妃様のお怒りの理由はわかりましたが、この<ぶとうかい>の理由がわかりません。
「でも王妃様は許されたそうですわ。例え愛人の子供でも竜人とのハーフでも王家の血を濃く継いでいるのなら血を薄めるよりはいいだろうと納得されたそうです。
この舞踏会も、子供の母親が養子に出すのを止めると言い出さないうちに素早くお披露目をしなくてはいけなくなり急遽決まったそうですわ。
どうやら竜人は気性が荒く曖昧な事を嫌うそうで、将来王様にするのかしないのか今すぐ発表するようにと言われたとか」
気性の荒さは聞いたことがあります。はるか昔に竜人が海と陸の境目に「ここは海なのか陸なのかはっきりしろ」と訳のわからない事を言い出して、大陸をひとつ消したとか消さなかったとか……。古い伝承ですので真実は知りませんが。
「ではなぜ王妃様はあんなにお怒りになっているのです?」
「それは……」
「あの人だよ!」
やっと呼吸を整えたアイリ様がある方向を指差します。人様を指差すなんてお行儀がわるいですよ。
しかしそこにいたのは人様ではなく竜人だったので今回は不問にいたしましょう。
「マチルダ、タダシイ」
少し訛った片言でそう言ったのは、竜人の女性でした。
まさに巨大な蜥蜴が二足歩行しております。髪の毛をこれでもかとくるんくるんに巻きまるで小さな森のようになっておりますが、竜人の流行ですか?
一応ドレスも着てらっしゃいますが胸……。いえ胸囲があの隣国も裸足で逃げたすくらいの筋肉ムキムキではち切れんばかりです。
「マチルダ、ウツクシイ、オウサマイッタ。オトコノコウンダラ、ケッコンスル、ヤクソクシタ」
竜人の女性はどうやらこの子供の母親のようですね。
「マチルダ、オトコノコウンダ。オウサマ、マチルダトケッコンスル。
ナラバイマイルオクサン、ハヤクワカレル」
王様の顔が真っ青を通り越して真っ白になりました。このまま灰になればいいと思います。
王妃様が王様の頭の上から下ろした足で思い切り床を踏みつけます。グワシャッッ!と音がなり大理石の床にハイヒールの形の穴があきました。大理石ってそんな簡単にへこむんですね。
「……だから、この<ぶとうかい>で決着をつけようと言っているのです。先ほどの勝負はルチア嬢の勝ち。次もこちらが勝てばおとなしく側妃の立場を受け入れる約束ですよ?」
「マチルダ、マケナイ。ドラゴニュート、ブトウカイトテモツヨイ。
マチルダカッテ、オウサマトケッコンスル!オクサンイマスグココデテイク!」
お2人(ひとりと1匹)の間にバチバチと火花が散っています。女性同士の争いは恐ろしいですね。
「まさか本当に男の子を産むとは思わなかったんじゃ……。しかも15年も昔の話だし」
「ドラゴニュート、ジュウネンニンシンスル。ゴネンマエウンダ、ムカエガクルノシンジテマッテタ。
デモコナイカラ、マチルダガキタ」
15年前ですと、あの双子王子は1才くらいですか。
妻が双子の子育てに奮闘している時に竜人を愛人にして浮気してたのですね。
「……王様さいてー」
アイリ様が軽蔑の目で王様を蔑みます。
「最低ですわ」
「最低ですね」
愛人に男児を産んだら王妃にすると約束していたとは。しかも魔物である竜人ですよ?
ちょっと火遊びが過ぎたようですね。
「サア、ブトウカイノツヅキ、スル!」
竜人が吼えました。
「つまり<ぶとうかい>と言うのは……」
「もちろん<武闘会>ですわ。あの竜人の女性が乱入してきて王様に結婚を迫り、王妃様がならば側妃になりなさいとおっしゃったら闘って決めると叫ばれまして……。
お互い3人出場者をだして1対1のデスマッチ。先に2回勝った方が相手の要求を聞くと言うものですわ。
わたくしは王妃様側の最初の出場者でしたの」
竜人はなんでも闘いの勝敗で決めるんでしたね。
「……もしかしてあの犬が連れていかれた理由とは……」
すっかり忘れてましたが、ニコラスが連行されていたのでした。
「……あの王子が、ニコラス様を見た瞬間おっしゃいましたの」
竜人ハーフの王子はニコラスと目があった瞬間「りゅーたんはわーうるふきらいなのです!」と叫び、竜人の男たちに力ずくで連れていかれたそうです。
さすがの人狼も竜人に力で勝つのは難しいようですね。
しかし、竜人が人狼をやたら嫌っているという噂は本当だったようです。
なんでも人なのか狼なのか曖昧なのがお気に召さないようですが……自分たちは人なのか竜なのかどっちなんですかね?あぁ、蜥蜴でしたね。
「しかし、もしかしなくても我々は三角関係の痴話喧嘩に巻き込まれただけでは?」
「まさしくその通りですわね。他の招待客の方々なんて竜人を見たとたん逃げてしまわれましたし」
そういえばほとんど人がいません。アイリ様以外の人間には特に興味も無いので気づきませんでした。
いまだにバチバチと火花を散らす竜人と王妃様の姿に思わずため息が出てしまいました。
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