65人が本棚に入れています
本棚に追加
執事は今は動けません
しばらく女同士の闘いと思われる睨みあいが続きましたが、ようやく武闘会の続きが行われるようです。
「ツギハマチルダイク!」
王様の愛人の方が檻の中に入られました。どうやら2回戦はあの方が相手のようですね。
「王妃様側は誰が出場なさるんです?」
四角い檻の反対側にはまだ誰もいません。竜人が両手を拳にしてバチコーン!と打ち合わせていらっしゃいます。あれを相手に闘うとなると相当お強い方でないと無謀だと思われますが。
するとアイリ様が少しもじもじしてから上目使いで私を見ると、そーっと右手を上に上げました。
「……私」
「今すぐ棄権しなさい」
「え、でも女の人だし猛獣よりマシかなっておも」
「ダメです。棄権以外認めません」
「そうですわ、アイリちゃん。猛獣くらいならまだしも、竜人は危ないですわ。棄権なさってください」
私とルチア様から棄権するように言われ悩むアイリ様。なにを悩む必要があるのかわかりません。もし棄権しないと言うのであれば両手足を縛ってでも連れて帰りますよ?
「いいにおいがするのです」
突然アイリ様の背中に羽が生えたかとおもったら、ぴょこりと竜人ハーフの王子が顔を出しました。アイリ様の背中に抱きついてくんくんと鼻を動かしています。
「わっ、びっくりした!」
アイリ様が驚いて飛び退くと、王子は空中にパタパタと浮かびながら竜人特有の瞳でアイリ様を食い入るように見てきました。そしてにぃーっと笑いアイリ様を指差します。蛇のような長い舌先がチロリと見え少々不気味でした。
「このこをりゅーたんのおよめさんにするのです!」
なにをとち狂ったことをほざいていらっしゃるんでしょうか、このくそがきは。……失礼、少々言葉が乱れました。
「えっ、嫌だけど」
アイリ様が冷静に、即座に返答されます。例え王子(魔物ハーフで子供)にプロポーズされても狼狽えることなどありません。
「私にはせばす」
「アイリ様にはすでに婚約者がいらっしゃいますので、その求婚はお断りいたします。あなたたちが捕らえたニコラス王子です」
あの犬よりも先に私の名前を出そうとなさるのでアイリ様の言葉を遮り竜人たちの意識をニコラスに向けさせることにしました。
一応正式な婚約者なんですからあちらが先です。……いえ、私の名前が先に出たことが嬉しいなんてことありません。別にちょっと機嫌がよくなんてなっていませんよ?
ただ帰ったら特別にアイリ様のお好きなデザートでもだして差し上げようかと思っただけです。執事はこんな些細なことで感情が動いたりしません。
「にこらす?さっきのわーうるふです?じゃあ、あのわーうるふをころしちゃえばおよめさんになるです?」
「だから嫌だってば」
王子がこてんと首をかしげ、両頬に手を当てて考え込み出しました。
「このこからはとってもいいにおいがするのです。ははさま、このこをおよめさんにするにはどうしたらいいです?」
そのまま首だけをグリン!と後ろに向けました。体と手はこちらを向いているのに頭だけ後頭部が見えます。竜人ってこんなこと出来るんですね。とても不気味ですが。
「え、エクソ〇スト?!」
アイリ様がまた謎の言葉を叫ばれました。たまにですが私には理解出来ない言葉をおっしゃります。
この間は寝言で「ラスボスのスチルゲットだぜ~」と叫ばれておられました。年頃の娘がヨダレを垂らしながらニマニマして一体どんな夢を見てらっしゃるのかまったくわかりません。
「リュータンガホシイナラ、ソレハリュータンノモノ!オウジニナレバナンデモテニハイル!オウサマイッテタ!」
また王様が体をビクリと動かしこちらを向くと、顔が真っ赤になっていました。あぁ、流血ですね。
「オトコノコウメバ、オカネモニンゲンモゼンブソノコノモノニナルイワレタ!オウサマエライ、ナラバマチルダタダシイ!」
竜人の発言を聞き、王妃様がすーっと真顔になられました。怒りを通り越したのか、王様の事をゴミ屑でも見るかのような目で見下してらっしゃいます。
竜人相手になんてことを吹き込んだんでしょうね?そんなのあとから冗談でした。ではすまされない相手だとわからなかったのでしょうか?
あの竜人は全部鵜呑みにして信じきっているからこそわざわざやって来たのでしょうし。
「……あんなのを王妃の座に座らせろと?子供はまだこれから教育していけば良いでしょうが、あの竜人が王妃になったらこの国は滅亡します。
国王ともあろう方が、愛人を口説くためになんて愚かなことを……」
まさしくその通りだと思います。今なら視線で人が殺せるのでは無いかというくらい鋭い目付きで王様を見て、王妃様が次に口を開こうとしたとき、部屋の外からドドドドドドッッッ!!とけたたましい音が響きました。
バンッ!と扉が開いたと思うと、ミルク色の髪の毛が見えました。犬の登場です。
「ちょっと待ったぁ――――っ!俺のリリーにちょっかいかける不届きものは例え子供でも許さん!」
アイリ様は決して犬のものではありませんが、ここはあえて黙って静観致します。
余計な突っ込みはしません。それも執事のたしなみです。それにしても多分牢獄にいたはずなのに走りながら先ほどのプロポーズの会話がちゃんと聞こえているとは、人狼は耳が良いですね。
「リリー!怖かったろ?俺が来たからにはもう大丈夫だよ!」
ニコラスは全力疾走してきたはずなのに息も切らさずアイリ様に両手を広げました。やはり犬はどれだけ走っても疲れないようです。
「あ、おかえりー」
しかしアイリ様はすでに私の背中に腕を回して抱きついているのでニコラスと抱擁は致しません。
ええ、させません。
アイリ様曰く、私に抱きついていると安心するそうなので、今はこんな状況でだいぶ不安だったのだろうと推察します。そんなアイリ様を無理矢理引き剥がしたりはできません。
もちろん、しません。
「あーっ、わーうるふです!ころすです!」
王子がパタパタと移動し檻の扉を開けました。
「はいるです!ぶとーかいです!」
「オマエタオシテ、マチルダガカツ!」
竜人親子にご指名されたニコラスが一瞬動きを止め、チラリと私を見ました。
「……陰険執事が全部やっつけたのかと思ってたのに」
なるほど、それを狙って来たんですね。なんともずる賢い犬です。しかし私はそんな犬の浅知恵にも執事スマイルで対応します。
「申し訳ありませんが、見ての通りアイリ様に抱きつかれていて私は動けません。どうぞ遠慮なさらず、ニコラス様がアイリ様のために竜人を倒して下さい」
「……陰険執事め」
ニコラスが悔しそうに渋々と檻の入っていきました。アイリ様の前で拒むわけにもいかないのでしょう。
さぁ、人狼のお手並み拝見といきましょうか?
最初のコメントを投稿しよう!