65人が本棚に入れています
本棚に追加
執事は困惑致します
「アイリ様、ご気分はいかがですか?」
「う……」
まだ意識が半分ほどどこかへ逝ってしまわれてるご様子のアイリ様はベッドから身を起こして辺りをキョロキョロと見回しました。
ヨダレついてますよ?
「……あれ?ここは……?」
アイリ様が現在いる部屋はあの船の中の部屋とは比べ物にならないほど豪華な部屋です。
え?あのあとどうしたかですって?
あのまま空を飛んで大国にやって来ましたが?
船だと1週間はかかるところでしたが、半日ほどで到着しました。
あぁ、もしかして最初から私が抱えて飛んでいれば良かったのではと思われてますか?一応人間の移動手段を優先したのですよ。これでも。
まぁ、アイリ様の安全が第一ですのでやっぱり飛びましたが。……船?あ、そういえば穴を開けてしまいましたね。
沈んでませんよ。たぶん。
海の一部が赤く染まったとかで騒ぎが起きたそうですが、人魚が食事をしただけですから、ご心配なく。
「アイリ様、ここは大国の皇家です。
この部屋は縦ドリ……カルディナ様がご用意して下さいました」
「……そう」
力なく返事をしたあと、思い悩んだような視線を私に向けてきました。
「どうなさいました?」
いつもと違うご様子のアイリ様の顔を覗き込みます。
「……夢を見てたの。知らないけど知ってる夢……」
「夢?」
アイリ様の指先が私の頬に触れました。
「……セバスチャン、私の側にいて?」
私は頬に触れるアイリ様の手をそっと握りしめます。
「決してお側を離れません」
私の言葉を聞き、アイリ様がやっと微笑まれました。
「アイリ様、夢というのはどのような……」
あのアイリ様にあんな顔をさせるなんて、一体どんな夢を見たのかと思い聞き出そうとしたとき部屋の扉が少々乱暴に開かれ息を切らした縦ドリ……縦ドリルが入ってきました。カルディナ様です。今日もワサワサっとしておられます。
「アイリ・ルーベンス!目が覚めたのね!?」
そしてアイリ様の手を握っている私の姿を見るなり目をカッと見開いて私とアイリ様の間に割り込んできました。
「セバス様といちゃついてる場合ではありませんことよ!うやらましい!!」
力いっぱい叫ばれたあと、思わず言ってしまった!というような顔をしながら頬を赤くしてチラッチラッと私を横目で見てきますが、特に反応は示さず執事スマイルでにっこりとだけしておきました。
勢いよく縦ドリルを振り回しながら「あたくしの気持ちがセバス様に知られてしまうわ!もう、あたくしったら!」と器用に小声で叫ばれてます。
気持ち?そういえば以前に自分の物になれとかおっしゃっておりましたね。カルディナ様にも執事がついているはずなんですが、まだ増やしたいらしいです。
「えーと、カルディナ?」
アイリ様が声をかけるとカルディナ様ははっと我に返りワサワサと揺れる縦ドリルを両手で押さえました。
「そ、そうでしたわ。とにかく起きたならこちらに来てちょうだい!ルチアが大変な事になってるんですのよ!」
カルディナ様の言葉にアイリ様が慌てます。
「ルーちゃんが?!」
カルディナ様に案内され、ルチア様がいらっしゃると言う別室に向かいました。
赤いカーペットの先にあるひときわ豪華な扉を勢いよく開けるとそこには衝撃的な場面が広がっていたのです。
「汚ならしい豚の分際でわたくしに触れようなどと死んで生まれ変わってから滅びておしまい!」
「もっと、もっとぶってください!ルチア様~っ!」
……女王様が降臨なされていました。
怒りのオーラを撒き散らしたルチア様が鞭をふるいながら、やたら豪華な服を着た豚……いえ、たぶん人間をハイヒールで踏みつけておりました。
いつぞやの王妃様を見ているようでデジャヴを感じます。
私とアイリ様が言葉無くカルディナ様の方に視線をむけると、カルディナ様は豚を冷たい目で一瞥してから吐き捨てるようにおっしゃいました。まるで生ゴミでも見るかのような視線です。
「……あの豚は、あたくしの兄である大国の第一皇子ですわ」
やはり豚……いえ、人間でしたね。
「申し訳ありませんわ、実はあの豚……いえ、兄がルチアに一目惚れしたとかで無理矢理結婚を迫りまして。
あたくしでは止められないのであなた達を呼びに行ったのですけど……大丈夫そうですわね」
ルチア様に鞭で打たれながら踏みつけられている実兄を見て「ちっ、あの豚め喜んでやがりますわ」と毒づいておられます。兄妹仲はあまりよろしくない模様ですね。
そんなぶ……いえ、皇子が私たちに気づき歓喜の声をあげました。
「おぉ、我が妹よ!じょお……ルチア様は素晴らしいぞ!
想像以上に素晴らしい力の持ち主だぞ!」
「豚は豚らしくお鳴きなさい!」
「ぶ、ぶひぃ――――っ(恍惚)」
どうやらルチア様を女王様と認めて下僕になったようですね。大国の皇子を手懐けるとはさすがはルチア様です。
「えーと、どうしたら……」
アイリ様が困惑していると、カルディナ様はため息混じりに「場所を変えましょう」とそっと扉を閉めました。
「実は、兄には相手の魂に刻まれた力を見る事が出来る能力があるのです」
別室にて落ち着かれてからカルディナ様が口を開きました。
「魂に刻まれた力?」
「説明が難しいのですが……潜在能力というか、受け継がれた力というか……。
とにかく本人に自覚がないような能力でも見えるそうですわ。これはかなり特殊でして大国皇家の歴史でも兄を合わせて3人しかおりません。
そしてこの度、異国から正式な依頼がありましたの。
その内容はふたつ。ひとつは竜人(ドラゴニュート)の追っ手からアイリ・ルーベンスの身を守ること。ふたつめはアイリ・ルーベンスとルチア・ノアベルトの魂に刻まれた力を確認すること」
カルディナ様はアイリ様に真剣な眼差しを向けます。
「異国の王家からの伝言を伝えます。
“異国ではもうすぐ竜人(ドラゴニュート)が攻めこんでくるため安全とは言えない。そちらの国も竜人(ドラゴニュート)により反乱が起こる事を考えれば安全とは言いがたいだろう。なので表面上は中立の立場を示している大国にあなたの身を隠されることをおすすめする。
ニコラス王子は争いの種を前もって潰せなかった罰として異国にて謹慎処分とし、建前上あなたとの仮婚約を保留とした。元々あなたとの仮婚約はニコラス王子がどうしても言ってきたことだったのだが、あなたの身分と竜人(ドラゴニュート)との火種の原因になったこともあり国の者から異論が出てきてしまっている。ぜひともニコラス王子があなたから感じ取ったと言いきるあなたの真実の力を大国にて見つけて欲しい。
その力が異国の王妃にふさわしいと認められれば異国はすべての力を使って竜人(ドラゴニュート)を滅ぼしあなたをニコラス王子の妻に迎えると約束しよう。”
……以上です」
「…………」
アイリ様が複雑な顔をされながら異国からの伝言を聞いていました。元々ニコラスとの婚約は3年立ったら破棄するつもりでいたのですし、もしもなにか隠された力があった場合はニコラスとの結婚への道が確定してしまうでしょう。
しかしこの戦争の原因が竜人(ドラゴニュート)が勝手にふっかけたとはいえ、アイリ様にあると言われれば立場上反論出来ません。
仮婚約とはいえ、異国の王子の婚約者に横恋慕したあの竜人(ドラゴニュート)王子が悪いに決まってると思うのですが、領主の娘であるアイリ様と国の王子とでは少々分が悪いと言うわけです。
そして、アイリ様には確実になにか隠された力があるのでしょう。人狼(ワーウルフ)であるニコラスや竜人(ドラゴニュート)の王子が本能で求める何かが……。
今から思えばあの妖精王も魂だけになっても付きまとっていましたし、人魚の懐き方もすごいですしね。それでもここまでお膳立てされて魂に刻まれた力とやらを見るのを拒むことも出来ませんし、困りました。
「嫌かも知れませんが、こちらも調べさせてもらわないと困りますの。それが異国からの依頼であり、大国も逆らうことはできません。
……兄を呼んできます」
カルディナ様が一礼されてから部屋を出ていかれました。アイリ様は黙ったままですが顔色が優れないようです。
「アイリ様」
「……セバスチャン、私……」
外から足音が聞こえましたると、アイリ様はごくりと息を飲み込み私の服の裾を握りしめるのでした。
最初のコメントを投稿しよう!