執事は怯えられました

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執事は怯えられました

 とんでもないことになりました。  どう、とんでもないことになってしまったのかをまずは説明せねばなりません。  でもその前にそのとんでもないことを引き起こしたこの豚……いえ、皇子を踏みつけてすりつぶして海の藻屑にしてやりたいのですが……。ダメですか、そうですか。はぁ……(ため息)  私は部屋の端にうずくまる人物に視線を向けました。その人物は私と目があった途端、びくっと反応し体をさらに小さくするように怯えた目をします。  ピンクゴールドの髪がプルプルと震え、エメラルドグリーンの瞳には涙が浮かんでいました。  そう、私を見て怯えているアイリ様です。 「アイリ様、そんなところにおらずにソファに」 「いやーっ!近寄らないで!殺される!」  一歩足を動かしただけでこれです。アイリ様が私を見て鼻血を出すことはあっても、まさか泣いて怯える日がくるとは思いもしませんでした……。 ******** 「アイリ嬢、手をこちらへ」 「……はい」  皇子に促され、アイリ様は手を差し出されました。 どうやら魂に刻まれた力を調べるには触れ合わないといけないようです。こんな豚がアイリ様の手を握るなど本来なら許されることではありませんが致し方ありません。後で除菌消毒しましょう。  ちなみにカルディナ様にあの元筋肉婚約者は兄君に視てもらわなかったのか聞いてみたのですが「あのゲスは女性しか視ませんのよ」と吐き捨てるようにおっしゃられました。  もし婚約する前に視ていれば、あの筋肉にはなんの能力もないことがわかったでしょうに。  ご本人いわく、あの兄君を見て育ったせいか筋肉隆々の肉体美がとても新鮮で惚れ込んでしまったのだとか。確かに見た目は正反対ですが中身はさほど変わりませんでしたね。 「むっ?むむむ……っ?!」  皇子がアイリ様の手を握りながら眉をひそめます。 あんまりベタベタ触らないでいただきたいものです。 「これは、どうゆうことだ?こんな、まさか……。 アイリ嬢の魂がふたつに別れている?!  いや、これは……違う、こっちが本来の魂のはず……」  アイリ様の手をぎゅうぎゅうと握りしめ、ブツブツとなにか呟いています。 「あ、あのっ……!やっぱり、やめてくださ……!」  アイリ様は顔色を悪くし、皇子の手を振りほどこうとしだしました。  アイリ様がこんなに嫌がるなら続行させる理由はありません。私は皇子を止めようと手を伸ばしました。 しかし、その時。事件が起きたのです。 「見つけた!これが真実の魂だ!」 「いやぁっ……!」  皇子とアイリ様の叫びが同時に重なりました。アイリ様は叫んだ後、気を失いその場に倒れてしまいます。 「アイリ様……!」  アイリ様が床に落ちる前に抱き止めると、顔色は悪いまま眠っているようでした。 「お兄様、アイリ・ルーベンスに何をしましたの?!」 「え?!いや、だって、こんな魂がふたつあるとか初めてでっ」  皇子はなにか興奮しているようで早口でわけのわからないことをジタバタと手足を動かしながら叫んでおります。  この後で別室に待機されていたルチア様がお怒りになりご自慢の鞭で皇子をお仕置きしてたのですが、 ……自主規制させていただきます。  しばらくしてアイリ様が目を覚ましました。しかし私がお側に近寄ると、私の顔を見て震えだしたのです。 「……だ、誰?!ここはどこ?!」  そして自分の首筋に触れ、また青ざめます。 「やだっ……傷が見えてる?!なんでこんな服着てるの?!  吸血鬼に見つかっちゃう……!」  今まで首筋の傷痕を気にしたことなどなかったのに、必死に隠そうとするその姿に違和感を覚えます。 どちらかと言うと「これって私と吸血鬼様の愛の絆の証よね」とわけのわからないことをおっしゃっていたのに、今のアイリ様はまるでアイリ様ではないようでした。  こうしてアイリ様は別人のように変わられてしまい、私に怯えてしまうようになってしまったのです……。
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