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ハロウィンバイトナイト
このスーパーには来るなと言っていたはずなのに。何故、お前がここにいるんだと圭人は頭を抱えそうになった。商品のバーコードを読み取る機械を手にしたまま、目の前の男を軽く睨んだ。彼が差し出した買い物カゴを挟んで。
「俺、一応客よ?」
ニマニマしながら目の前に立っているのは、健二だった。
二週間前。受験勉強をしていた健二の部屋でのこと。
「あーあ、バイトもせんといけんなあ。親に頼り切りじゃいけんよな」
勉強に飽きたのか、そのまま横になる。圭人も背伸びして手を休めた。
「それ、合格してから考えたら」
「するに決まってんだろ、圭人様が教えてくれてるんだから」
ハハハと笑う健二。少しだけ圭人は照れた。
健二が狙っている大学に、圭人も受験することになり、模擬試験を受けた。圭人の判定はAで合格圏内だったが、健二の判定は難しいものだった。そのため、圭人は自分の勉強をしながら、健二に教えてやっていた。健二が頼ってきてくれるのが嬉しくて、圭人は少しニヤけながら勉強している。
「バイトなにがええかのー?先輩はカラオケ店員しよるって。スーパーのバイトもええらしいよ」
「スーパーは、棚卸しが大変だよ。腰痛めるし…」
ポロっとそう言ってしまったあと、慌てて口を手で覆った圭人だが遅かった。
「えっなに、圭人、どこでバイトしよん?」
絶対来るなよ、と言い聞かせて二週間。圭人が何度も言うものだから、健二はバイト先のスーパーに来ることはなかった。エプロンをつけてレジ打ちしてる姿は、気恥ずかしくてクラスメイトに見せたくない。特に健二には。
更衣室でエプロンをつけようとしていた圭人に、奥からスーパーの主任が近づいてきた。
「今日もよろしくね、加屋君!来た早々悪いんだけど今日と明日はこれを着て」
何だろう?と手渡されたものを広げると、マントにケモノの耳飾り、蝶ネクタイに顔に貼るシールが入っていた。
(これはもしかして)
明日はハロウィンだ。このセットはまさに…
「ハロウィンの仮装衣装だよ。毎年うちはやってるからね」
「は、はあ」
エプロンだけでも恥ずかしいのに、この上仮装とか…と圭人は頭を抱えそうになったが二日だけだ、と気を取り直しそれを握りしめた。
あと一時間で、この仮装も終わる。蝶ネクタイをしめてマントをして、耳飾りをした自分はどう見ても浮いている。頬にはカボチャのイラストのシールを貼っていた。
母親と一緒に来た子供に指さされて『おにーちゃん、変なカッコ!』と何人に言われたことか。こんな仮装で弾ける人種ではないのが、滲み出ているのだろう。
(まあ、あと少しだし)
そう思いながら次の客の精算をしようと、顔を上げるとそこには健二がいた。圭人は思わず目を見開く。
そして冒頭のシーンになるのだ。
「何故お前がいるんだ」
「俺、一応客よ?」
圭人と睨みにも負けず、ニヤけている健二。ため息をつきながらカゴの中のものを精算している間も、健二はジッと圭人を見ていた。
「何」
「その格好、可愛い」
「はあ?」
健二の言葉に思わず赤面してしまう圭人。次の客がいなくて良かった、と心の中で呟いた。
支払いを終え、移動する前にカゴの中から小さな飴玉を一つ取り出して、健二は圭人に渡す。少しだけ身を乗り出して、健二がコソッと言う。
「ハロウィンのお菓子、やる」
飴を差し出されて圭人は、反射的に受け取った。いちごミルクの可愛らしい飴だ。
「バイト何時まで?迎えに来てもええ?」
「…十八時まで」
バイトを終え、更衣室で着替えながら健二のくれた飴を口の中に入れる。爽やかな甘さと酸味が口に広がって、疲れた体に染みていく。
レジ打ちしてる姿、しかも仮装をしている姿を見られて、圭人は恥ずかしくてたまらなかったが、それ以上に健二と会えたのが嬉しかった。
(…あーもう)
好きだ、とぽつりと呟きながらロッカーを閉じる。レジの向こうに健二の姿が見た時、勘弁してくれと思いながらも、胸が弾んでついニヤけそうになった。昨日も会ったばかりなのに。
時計を見ると十八時十五分だ。スーパーの外で、きっと健二は待っている。
圭人は少し口元を緩めながら、扉を開けて健二の元へと急いだ。
了
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