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パレットがフロートの家に行ってから数日後――。
彼女は、港に用意されていたボートサイズの飛空艇に、自身のものやフロートから贈られた荷物を積み込んでいた。
それは、フロートに頼まれ、これから世界中にある空中大陸を旅するためだった。
「それにしてもイイ船だねぇ」
荷物の積み込みを手伝っていたルヴィが、船内を見ながら感心していた。
この飛空艇もフロートが個人的に造船所に頼んで、以前から作られていたものだ。
組み込まれた羅針盤に、目的地を設定すると起動する自動操縦機能。
雨風に晒されても耐えられるランプやランタン。
さらに固定された寝袋や樽。
他にも細かい機能が充実した、小さいながらもこのオペラの最新技術が駆使されている船だ。
おそらくフロートは、この船で自分が世界を回るつもりだったのだろう。
だがその役目は、パレットによって引き継がれることになった。
それは彼女がフロートの家で出来事――。
「あたしに世界中を回れって!?」
「そうだ。実は前から気になっていたことだったのだが……」
フロートがいうに――。
この空中大陸オペラは、他の空中大陸と交流があるが、その国の内情までは知らされてはいない。
そして、自分たちが住むオペラは魔力によって浮遊しているが、他の科学技術や魔術技術が発達している大陸では、別の方法で大陸を浮かしている情報を知ったという。
フロートはそれらをパレットに調査してもらい、オペラでも誰かが犠牲になることなく大陸を安定させたいと考えているようだ。
それを聞かされたパレットは、そんな大役がなぜ自分なのかと疑問を持った。
まだ子どもで、ろくな職にもついていないただのヴァイオリン弾きである自分に、どうしてそんな大陸の運命を左右する仕事を頼むのかと。
そんな理解できないといった彼女へ、フロートは答える。
「今回の事件が終わってから、私が独断で決めた」
フロートはパレットの持つ潜在的な魔力の高さに舌を巻いていた。
それから自分のような偏見を持たないところや、なによりもロロと話がしたいというだけで、法を恐れずに動ける行動力。
それらパレットのそういう性分を買って決断したという。
その言葉を聞いたパレットは、少し悩むとフロートの頼みを引き受けることにした。
それはロロの手紙にもあった、“犠牲は自分で最後にしてほしい”という彼の願いを叶えたいと思ったからだった。
それからフロートはオペラ政府へ承認を要求。
パレットを国外へ向かわせる正式な手続きをした。
「でもさ。あんた一人じゃちょっと不安だね。私がついて行ってやれればいいんだけど」
心配そうにいうルヴィへパレットが返事をした。
ルヴィの心配は当然のことだ。
いくらパレットが孤児院で育ち、すでに自立しているとはいえ、まだ彼女は未成年なのだ。
長い空の船旅もそうだが、なによりも他の空中大陸で、まだ見聞が浅い彼女が危険な目に遭う可能性は高い。
「一人じゃないよ。なんかフロートさんの話じゃ政府の役人が付きそってくれるみたい」
「なに!? そいつはまさか男じゃないだろうね? それはそれで心配だよ……」
どうやらパレットの一人旅ではないようだが、ルヴィの心配は別の方向へと変わっていた。
「心配いらないのよ。わたしも一緒なんだから」
聞き覚えのある声がすると、パレットとルヴィはその声が聞こえるほうを見た。
そこには、一匹のムササビ――ルルがすまし顔をして立っていた。
二人はそんな彼女に駆け寄る。
「ルル! 一体どこへ行っていたんだよ!」
「うわッ!? ちょ、ちょっと離しなさいなのよ!」
パレットはルルを両手で掴むと、彼女を空へと掲げて大喜びする。
そんな彼女の態度が暑苦しいかったのか、ルルはもの凄く嫌そうにその手から抜け出そうとしていた。
そんな彼女たちを見たルヴィは、ため息をつきながらも笑っている。
それからルルがいうに――。
彼女は、フロートから正式に派遣されてきた者として、パレットの旅に同行するためここへ来た。
今や自分は政府の役人――役職でいうと外交官のようなものらしい。
「そんなことよりも今までどこへ行っていたの!?」
ルルは、せっかく説明をしたのにと、顔を引きつらせていた。
そして呆れながらも訊ねられたことに答える。
「あの後わたしはフロートに助けられたのよ。ま、こうやって言葉を話せるのも彼のおかげかしら」
祭壇での事件後――。
ルルはフロートに救われ、その後彼の魔力によって再び言葉を話せるようにしてもらったという。
そして、今回他の大陸へ行くことを決めたのも、ロロからの手紙を読んだからこそだと。
「じゃあ、あたしと一緒だね!」
「だからッ! わたしを持ち上げるななのよ~!」
再びルルの体を掲げるパレット。
ルヴィもルルなら安心だと、両腕を組んで頷いている。
そして、荷物をすべて積み込んだパレットは飛空艇の舵を握る。
「よ~し! 出航だぁぁぁッ!」
「いちいち叫ばなくていいのよ……」
パレットが叫ぶとルルが辟易する。
次第に進んでいく飛空艇からルヴィに手を振りながら、彼女たちを乗せた船は大空へと飛んでいった。
ロロの願いを叶えたいという思いも乗せて。
「ところであんた。大劇場の舞台に立つっていう夢はもうあきらめたのかしら?」
ある程度飛んでから――。
ルルがパレットへ訊ねた。
それはいくらロロのためとはいえ、あれだけいっていた自分の夢を捨てたのかが気になっていたからだった。
パレットの夢は劇場街――空中大陸オペラの中心にある大劇場ステイション·トゥ·ステイションの舞台にヴァイオリン弾きとしてあがることだ。
ルルは、他の空中大陸を回る旅に出てしまったら、その夢は叶えられないのではないかと思ったのだ。
「大丈夫だよルル。あたしはロロの願いも自分の夢もあきらめないよ」
パレットはこの旅でロロの願いを叶え、そして再びオペラに戻ってきたとき――。
自分は世界中を回った演奏家という看板を手に入れられる。
その看板を使って、大劇場ステイション·トゥ·ステイションの舞台にあがるのだと、彼女は高らかに笑った。
「今まで世界中を旅した演奏家なんてあたしだけになるわけなんだしぃ。そりゃ当然そんなヴァイオリン弾きを、ステイション·トゥ·ステイションの人たちが放っておくはずないじゃない!」
「あんたって、ホントたくましいわ……。わたしもその図太さを少しは……いや、やっぱり下品な女なのよ……」
「ハッハッハッ! それをいうならしたたかな女といってちょうだい!」
大きな雲が流れる晴天の空。
そんな光景に、パレットの笑い声が響き渡るのであった。
了
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