02

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ルヴィは港に着くと、船着き場へと小型飛空艇を入港させる。 それからパレットに指示を出し、係船柱(けいせんちゅう)にロープを繋ぐように言った。 飛空艇がどこへも行かないようにするためだ。 「最近、どの船も帆をたたんじゃってるね」 パレットは、飛空艇と係船柱を繋ぐロープをしっかりと結びながら、寂しそうな顔をしていた。 それは普段なら活気あふれている港の風景が、まるで葬式のように静かだったからだ。 「ほらほら、手を止めてんじゃないの。さっさとしないと日が暮れちまうよ」 先ほど仕留めた巨大な鳥を台車に乗せながら返事をするルヴィ。 その表情を見るに、彼女もパレットと同じように思っていそうだ。 それから二人は巨大な鳥の乗った台車を引きながら、街で買い取ってくれる店へと向かう。 「ここもいつもなら露店とか出て、人がいっぱいいるのに……」 「政府が外へ出ないように自粛勧告を出したからね。感染したら大変だから、みんな外へは出ないんだよ」 「空疫病(くうえきびょう)だっけ……? 一体いつまでこんな状態が続くんだろう……」 現在この大陸――オペラでは、謎の疫病が流行っていた。 その名は空疫病。 その病にかかった者は、皮膚から白い羽根のようなものが生え始め、やがて高熱が出てから身体が次第に衰弱する。 体力のある者は安静にしていれば問題はないが、身体の弱い者は最悪死に至る病だ。 しかもこの病は人から人へとうつり、そのあまりの感染の強さのために、国の医者たちも手に負えないでいた。 今のところこの病の対策は、ただ安静する以外にはない。 どんな薬でも、どんな魔法でも――。 現状では空疫病を治すことができない状態だった。 そのため、今では誰も外には出ず、学校も仕事にも行けないでいた。 「さあね。そんなの私が聞きたいよ。うちの船も明日から空に出れなくなったし」 「えッ!? ルヴィの飛空艇も猟に出れないの?」 両目と口を大きく開けたパレットへ、ルヴィは説明を始めた。 なんでも政府から手紙が届き、明日から狩りに出ることを止めるようにと書き記してあったという。 それもしょうがない。 今やこの大陸は空疫病が蔓延しているのだ。 それなのに、いつまでもルヴィの飛空艇だけ仕事をさせるわけにはいかないだろう。 「じゃ、じゃあ、あたしの生活はどうなっちゃうの!?」 台車を押していた手を止めて、その場で喚き始めるパレット。 ルヴィは今日二度目のため息をつくと、引いていた台車の手を止める。 「あんただって多少の蓄えくらいあるだろう? 狩りが再開できるまでの辛抱だよ」 「蓄えなんてあるわけないじゃないの!? あたし、食費と家賃だけで生活がカツカツなんだよ!?」 パレットは演奏者(パフォーマー)を目指す、夢見る若者だ。 日々小さな劇場のオーディションを受け、その舞台をこなし、少しでも実績を上げようとしている。 この大陸オペラの街には小さな劇場が無数にあり、毎日のようにオーディションが開催されていた。 オペラで演奏者(パフォーマー)を夢見る者は、毎日のようにオーディションを受けに行く。 それは誰もが憧れる大劇場――ステイション·トゥ·ステイションに出演するためだ。 小さな劇場から少しずつ名を上げ、ステイション·トゥ·ステイションの専属演奏者(パフォーマー)に選ばれるまで――。 それは、誰もが通る道であった。 演奏者(パフォーマー)を目指すパレットは、当然仕事は最小限しかしていなかった。 だから突然仕事がなくなると、彼女の生活は一気に破綻する。 「うわぁぁぁ死んじゃう! あたし飢え死にして死んじゃうよぉぉぉ!」 「……ったく、しょうがないねぇ」 道端で転がりながら叫ぶパレットを見たルヴィは、彼女に今住んでいるところを出て、自分の家に来ないかと誘った。 彼女はパレットへ、食事と眠るところくらいは与えてやると言うのだ。 それを聞いたパレットは寝ていた状態からヒョイッと立ち上がり、ルヴィの足にすがりつく。 「うわぁぁぁ、ありがとうルヴィ! あなたは命の恩人だぁぁぁ!」 「はいはい。わかったからさっさと台車を運びましょう」 それから二人は、今日の収穫である仕留めた巨大な鳥を店へと持っていき、金銭を受け取った。 ルヴィは、その中からパレットへの取り分を渡し、早く荷物を持って自分の家に来るようにという。 「了解! 早速ルヴィのとこへ引っ越すよ」 「ところであんたの住んでいるとこって、いきなり出て行って大丈夫なの?」 パレットの住んでいるところは、前の仕事先で知り合った老夫婦の家の物置小屋だ。 だから、一声かければすぐに出て行けると言ってパレットはその場を走り去っていく。 「だから問題ないよ。それよりも晩ご飯の用意しておいてね~」 パレットはそう言いながら、先ほど地面に転がって泣いていたとは思えないほど元気よく走って行った。 ルヴィがその背中を見て――あの娘は何があっても病気とは無縁なんだろうなと思い、クスッと笑ってしまっていた。
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