君がいた未来へ 外伝

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マリアの未来日記 アラカルト        「空白の未来に祝福を」  午後4時。今日、予約の時間調度に、最後の客が来た。 「すいません」  ノックのあと、小さな声が聞こえた。 「どうぞお入りください」  僕が言うとドアが開いて、僕と同じくらいの歳の青年が中に入ってきた。少し瘦せていて、背が高い。 「占いを予約していた者です。名前は言わなくてもいいというので言ってませんが」 「はい。それでは受付します」  僕は、鑑定料を受け取った。 「では、中へどうぞ」 「はい」  青年は占いの部屋へと続くドアを開けて中へ入っていった。        *   「どうぞおかけください。ようこそ、占いの館マリアへ」 「よろしくお願いします。他でも占ってもらったんですが、僕が知りたいのは・・・」 「彼女のことでしょ?」 「えっ・・・はい・・・」 「それも彼女の住所ね」 「そ、そうです」 「彼女は突然引っ越ししてて、携帯番号も変えられちゃった。で、連絡がとれない。でも会いたいのね」 「その通りです」 「あなたは、本当に彼女が好きなんですね」 「はい。さすがマリアさん。僕たちのこと、なんでも見えるんですね」 「なぜ、彼女が黙っていなくなったのか、心当たりあります?」 「ううん。えー、はっきりとはわかりません」 「君が原因なのは間違いない」 「はい・・」 「彼女はあなたのこと、好きでしたよ」 「はい・・」 「じゃなきゃ、半年間もずっとあなたと会ったりしない」 「そうなんです」 「わかってる? あなたがはっきりしないから彼女はあなたのことをあきらめちゃったのよ。あなたたち手をつないだことさえないでしょ」 「はい・・・」  青年は頭を掻いた。 「だから今、私が彼女のいる場所を教えてあげても同じことです」 「そうですよね」  青年はうなだれた。マリアは微笑んだ。 「でもね。気持ちはわからないでもない」 「僕はどうすればいいですか」 「まだなんとかなるわ」 「じゃあ、彼女の居場所を教えてくれるんですか?」 「条件付き。ちょっと待ってて」  マリアは席から立ち上がり、占いの部屋から出て、受付に行った。         * 「優君、手伝って。アシスト案件」 「えっ、また?!」 「これが私たちの宿命よ」 「遠回りして仕事を増やしている・・・なんて言っちゃいけないんだよね」 「私はみんなの笑顔を見たい」 「そうだね」               *  マリアが占いの部屋に戻ってきて、席に座った。 「これから彼女に会いに行きましょう」 「えっ?! これからですか」  彼はたじろいだ。 「行くでしょ?」 「えっ、あ、はい。会えるのなら」 「じゃあ、笑ってみて」 「えっ・・・?」 「あの、せっかく彼女に会うのに、暗い顔はダメだからね」 「えっ、あの・・・」 「あなた、車で来てるんでしょ。私たちの車についてきて。田口元彦さん」 「あっ、はい・・・」                *  僕たちは占いの館をあとにし、ビルから出た。田口がビルの前で車を路駐させて僕たちを持っている。 「私たち、車を取ってくるから待っていて」  僕たちは駐車場まで行って車に乗り、ビルの前に停まっている田口の車の前に車を付けた。  マリアが田口の携帯に電話をかけた。 「じゃあ、ついてきてね」 「はい」  僕は車を発進させた。 「マリア、どこへ行けばいいの?」 「北区のスーパー。『アルファー』北店」 「わかった」  僕たちは『アルファー』北店の駐車場の隅に並べて車を停めた。マリアが窓越しに田口に手招きをした。田口が車から降りて、僕たちの車の後部座席に座った。 「伊藤美樹さんはこのスーパーの総菜コーナーでパートをしています。仕事が 終わって、もうすぐ出てくるわ」 「僕が何も言わなくても、名前までわかっちゃうんですね。マリアさん、すごいです」 「必ず彼女にあなたの気持ちを伝えて。もしそれが出来なかったら、二度と彼女に近づかないこと。ストーカー禁止だからね」 「はい・・・。好きだって言えばいいですか?」 「そう。それだけよ」  田口は体をこわばらせた。 「わかるわよ、田口さん。あなたはいつも何も言えなくなるの。でもそれではダメ。わかってるでしょ」 「はい」 「あなたがはっきりしないから、彼女は少しだけ他の人と付き合ったわ。でも今は一人よ」 「はい・・・、あっ!」 「伊藤美樹さんね。じゃあがんばって」  田口は車から降りた。遠くからでも、田口には彼女が伊藤美樹だとはっきりわかっていた。       *  僕は他に何も考えられなかった。何も伝えられなくてもいい。僕はもう一度だけでいいから、美樹に会えればいいと思っていた。  僕は、美樹に歩み寄った。美樹も僕に気が付いたようだった。駐車場の美樹が歩みを止めた。僕は、美樹に近づいて行った。立ち尽くす美樹の所に僕はたどり着いた。美樹が先に声をかけてきた。 「もっちゃん・・・。もっちゃん、久しぶり・・・!」  美樹の声は少し震えていた。そして無理に笑顔をつくっていた。 「美紀さん・・・」 「もっちゃん、元気そうだね」 「うん」 「車で来てるの?」 「うん」 「じゃあ、家まで送ってよ」 「いいよ」 「ごめんね。私いろいろあってね。急に引っ越ししたり、携帯番号変わったりしたりして・・・でも会えてうれしいよ」  僕は緊張して言葉が出なくなった。でも、僕も美樹と会えて嬉しかった。僕の好きな顔。好きな声。好きなしぐさ。何も変わっていない。  僕たちはそれから黙って車に乗った。隣の車の中にいるマリアさんたちが 僕たちの様子をうかがっているのが見えた。 「車、替えたんだ。ちょっと高級になったね」 「うん」 「じゃあ、もっちゃん。そこの駐車場の出口から出たら左へ」 「はい」  僕は車を発進させた。住宅街の細かい道を、しばらくの間美樹の指示通りに走った。 「ここです。ありがとう」 「うん」  僕は車を停めた。美樹がシートベルトを外した。僕たちは沈黙した。エンジンのアイドリングの音が静かに響く。美樹は少しの間、前を向いたまま、黙っていた。美樹がドアを開けたとき僕は言った。 「美樹さん」 「はい?」  美樹はドアを閉めた。そして僕の方を向いた。 「ごめん。僕が悪いんだ。出会ってから、半年間。ずっと一緒にいてくれたのに」  彼女は黙って僕を見つめた。 「もっちゃんは何も悪くないよ。気にしないで」 「いつも言おうとして言えなかった。僕は、君が好きです」  美樹は僕から視線をずらした。僕は観念して言った。 「今さらだよね・・・」 「ごめんなさい」  美樹が再び僕の顔を見た。 「私、もっちゃんが私のことを好きではないと思っちゃいました。それで他の人にフライング・・・。でも、だめでした。私、やっぱり、もっちゃんのことが大好きだったんだなってその時わかったの」         * 「マリア、どう?」  僕たちは駐車場で待機していた。 「うん、田口さんは、きちんと告白したよ。もう、ふたりは大丈夫」 「マリアには最初から、こうなることがわかっていたんだよね」 「ううん。二人が会うところまではわかっていたけど、その先の結果は実は私には見えていなかったんだ」 「えっ? じゃあ、未来が確定していない案件だったの?」 「私、未来を変えちゃったかも。ごめんなさい」           マリアの未来日記 アラカルト             「空白の未来に祝福を」                     完
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