君がいた未来へ 外伝

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         マリアの未来日記 アラカルト               「秘密」  ドアをノックする音が聞こえた。 「どうぞ」  僕が言うと、若い女性がドアを開けて受付に入ってきた。 「予約の方ですね。先払いになります。10万円です」 「はい」  女性はショルダーバッグから大きな財布を取り出して、僕に1万円札の束を渡した。数えると10枚。 「どうぞ、お入りください」  僕が言うと、青いスカートの女性は占いの部屋に入っていった。 * * * 「ようこそ、占いの館へ。マリアです。来てくれてありがとう。どうぞ、おかけ下さい」  女性はマリアの向かいの椅子に座った。 「よろしくお願いします」  女性が言った。 「はい。ちょっと待ってね」  そう言って、マリアは目を瞑った。程なくして目を開け、マリアが言った。 「あなたは、彼氏の行動が気になっているのね」 「はい」 「すでに婚約して同棲している。結婚式の日取りまで決まっている」 「はい」 「式までもうすぐね」  女性は目を丸くした。 「すごいですね! 私、何も言っていないのに」  マリアが微笑んだ。 「でも最近、彼氏の帰りが遅い。その理由を知りたいのね」 「はい、そうです!」 「私には見えました。あなたの彼氏のこと」 「彼、浮気してるんじゃないかって思うんです」 「あなたは、彼のことを信じているの?」 「もちろんですよ。私を心の底から愛してくれていると思っていました」 「じゃあ、いいじゃない。私は何も言うことはない」 「えっ?」 「もしも、あなたが彼のことを信じられないというのなら、もう少し、細かいことを言わせてもらうけど」 「彼が浮気しているかどうかを、教えてください!」 「彼氏は浮気なんかしていませんよ」 「ホントに?」 「むしろ、私が気になったのはあなたのことです」 「あの、マリアさんは、私たちのこと本当は何もわかっていないんじゃない ですか? 私が期待したのとは違います。全然占いになってないです! 10万円も払ったのに!」 「じゃあ、少し言わせてもらうわ、南沢洋子さん」 「えっ・・・。私、名前は言っていないですよ。なんで分かったんですか?!」 「私には彼氏の名前もわかる。柿崎誠さん」 「えっ!? どうして彼氏の名前まで? あり得ない!」  マリアは微笑んだ。 「あなたは彼氏と幸せになりたいんでしょう?」 「もちろん。彼と結婚して幸せになるの」 「うん。わかったわ。今日はこれで帰って。お金は返します。でも、あなたの夢が叶っとき、もう一度私の所に来て」 「えっ、あの・・・」 「彼氏は、この不景気の中頑張って働いている。給料は高くないけど、あなたを幸せにしようとしている」 「・・・」 「今日はここまでね」  マリアは立ち上がって、受付に向かって歩いて行った。南沢洋子は座ったまま動けずにいた。              *  *  * 「優君。彼女にお金を返してあげて」 「えっ? いいの?」 「彼女はまた、占いの館に来てくれますよ。今は、私、彼女に核心を伝えるわけにはいかないの」 「マリアがいいというのならいいけど」  南沢洋子が占いの部屋から出てきた。僕が彼女に言った。 「返金させていただきます」 「はい・・・」  怪訝な表情で彼女が言った。 「彼を信じて」  マリアが言った。 「わかりました。ありがとうございます。でも私・・・」  南沢洋子が涙を浮かべた。 「わかっていますよ。最近になって、彼の帰りが遅くて、あなたがとっても寂しいこと。それも結婚式の日取りが決まってから急にそうなったこと」 「そうです。あんまりですよ。私は寂しいです。私、彼のことが本当に好きなんです」 「いいわ。これからはあなたの気が済むようにして」 「わかりました」  そう言って、彼女は占いの館のドアを後にした。静かにドアが閉まり、それを見届けて、マリアが僕に言った。 「まあ、無理もないわ。今回は、ちょっとだけ彼氏が悪い」 「なにそれ?」 「私でも怒るわ」 「どういうこと?」 「あのね、彼氏は・・・」                * * *  南沢洋子は、柿崎誠が務める会社の近くで、張り込んでいた。借りたレンタカーの中で、夕暮れ時にサングラスをかけて、柿崎誠の仕事が終わるのを待っていた。午後6時。柿崎が会社から出てきた。 ~ やっぱり! このくらいの時間には仕事が終わってるのね ~  洋子は思った。柿崎は会社の裏の駐車場へ行って車に乗った。そして駐車場から出て行った。洋子は車で柿崎のあとをつけた。途中から、柿崎は自宅とは違う方向へ車を走らせていった。 ~ どうして家に帰らないの ~  洋子は信号待ちで、柿崎の携帯へ電話を掛けた。 「仕事、今日も遅いの?」 「まだ仕事は終わらないよ。忙しくて今日も遅くなる」 「わかりました・・・」  洋子の手が震えた。柿崎の車は自宅とは別の場所へ向かった。アパートの前に泊まり、中年の女性が2階から降りてきて、柿崎の車に乗った。 ~ 誠君・・・ ~  洋子には、それほど綺麗には見えない、着飾ってもいない、ジーンズにトレーナー姿の普通の中年のおばさんだった。  柿崎の車が走り出した。洋子が後を追った。市街から少し外れたモーテルの前の駐車場に車が停まった。柿崎と女性は車から降り、裏手から、モーテルへ入っていった。 ~ どうどうとしたものね・・・ ~  洋子の目に涙が溢れた。洋子はモーテルの近くの路上で、柿崎と女性が戻ってくるのを待った。その間、ひっきりなしに車がモーテルを出入りした。利用客が多い時間帯らしい。柿崎と女性はなかなか出てこなかった。  午後9時過ぎ、柿崎がようやく裏手から出てきた。女性はいない。柿崎は一人で車に乗りこんだ。そして車を走らせた。洋子も車を発進させた。柿崎の車は、自宅とは違う方向へ向かっていった。  高級宝石店「HARUKA」の駐車場に車は停まった。洋子もそこに車を停めた。柿崎は、宝石店の中に入っていった。 ~ 誠君が出てきたら問いつめよう ~  洋子はしばらくの間、車の中で、店から柿崎が出てくるのをじっと待っていた。    柿崎が店から出てきた。洋子は車から飛び出して、柿崎のもとへ駆けた。 「洋子?!」  驚いた柿崎に洋子が詰め寄った。柿崎は手に持っていた小さく上品なショッピングバッグを後ろに隠した。 「誠君、何してるの!?」 「洋子こそ、何してる?!」 「ねえ、本当のことを言って! 自分の口から言って!」    洋子が柿崎の胸をたたきながら号泣して言った。 「ええーっ。何? 何で?!」 「私、あとをつけてたのよ。誰? あの女の人!?」  柿崎は頭を掻いた。 「もういいです。私たち別れましょう!」  涙ほ流して洋子が言った。柿崎はどうすればいいかわからずにしばらく黙っていた。そして観念したように言った。 「あーっ。もう、しょうがないなー」  柿崎は後ろ手に隠していた小さなショッピングバッグを洋子に見せた。そして、中から小さな箱を取り出した。そして洋子に渡した。 「誠君・・・何、これ?」 「開けていいよ」  洋子は恐る恐る小さな箱を空けた。ダイヤの指輪が顔を出した。 「僕と洋子の名前が刻んである」 「何これ? これ、結婚指輪・・?!」 「本当はサプライズで渡そうと思っていたんだけど」 「えっ?」 「なんとか結婚式までに間に合った」 「どういうこと?」 「このホテルでバイトしてた。短時間で高額で日払いで時間帯と期間がちょうどよかったんで。会社の給料だけじゃとても買えなかった」 「働いていたの?!」 「じゃないとこんな指輪買えないよ」 「あの女の人は?」 「ああ、従業員。送迎も頼まれててね。でも今日で終わったから」 「誠君・・・ごめんなさい」  洋子は泣き崩れた。               *  *  *  ノックの音が聞こえた。昼時の営業時間。僕はとりあえず返事をした。 「はい。どうぞ」  女性が受付に入ってきた。 「お金を払いに来ました」 「えっ?」 「あの、マリアさんの言う通りだったんです。ごめんなさい。約束通り、お金を払います」 「あの、ちょっと待っていてください」  僕は占いの部屋に入った。 「マリア、前に来たお客さんが来てる!」 「南沢洋子さんね!」  マリアはにっこりと微笑んで、席から立ち上がった。そして受付に行った。 「マリアさん、ごめんなさい」  受付に来たマリアに彼女が深々と頭を下げて言った。 「いいのよ。彼氏が何をしていたか、私、あなたに言うことが出来なかった。本当のことを言ったら、彼氏のサプライズが台無しになっちゃうところだったから」 「ごめんなさい」 「ついでに、一つ、言っちゃってもいいですか?」 「はい。私、マリアさんの言うことなら、もうなんでも信じます」 「あなたたち、とっても幸せになる。うらやましいくらいに」          マリアの未来日記 アラカルト                            「秘密」 完
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