7人が本棚に入れています
本棚に追加
『マリアの未来日記 アラカルト』
「幸せの在処(ありか)」
「失礼しますよ」
中年の男性の甲高く太い声のあと、ドアをノックする音音が聞こえた。
「どうぞ、お入りください」
中年太りした50代の貫禄のある大柄な男性が姿を現した。ネイビーのダブルのスーツを着ている。
「予約した者です。占いなんかしてもらうのは初めてだよ。名前とかは本当に言わなくていいの?」
「大丈夫です。料金は先払いです」
「はいはい。よろしく頼むよ」
男は、懐から分厚い長財布を取り出して、現金を僕に渡した。
「それでは、占いの部屋にお入りください」
*
「よろしくお願いします!」
大きな太い声で、男性は言った。
「どうぞおかけください」
「はいはい」
男性は椅子に座った。そして続けて言った。
「あの、お噂はかねてから伺っております。マリアさん。お会いできて光栄です」
「ありがとうございます」
「早速ですが、占ってもらいたいのは・・・」
「見えていますよ。北区に大型スーパーの出店を考えている件でしょう?」
男性は目を丸くした。そして甲高く笑った。
「さすがですな。なんでもお見通しなんですね。こりゃ心強い。私がわざわざここに来たのは、ほかでもない。スーパーの出店が吉と出るか、凶と出るか、教えていただきたい」
「あなたはどう考えているんですか?」
「札幌の中心部から少し外れた場所だからね。マーケット調査はもちろんしていますが。ただ、北区の人口は近年は減る方向にある。だから、周辺の既存のスーパーをつぶすくらいの気持ちで考えていますよ」
「あなたは何をもって成功と考えますか?」
「何をもって?」
男性は笑った。
「そんなの決まっている。出店するスーパーが成功して、売り上げが伸びて、
グループ全体の売上高が伸びてゆくことですよ。そして会社がより大きくなっていくこと」
「あなたは、すでに出店は決めていますよね」
「もちろんです。私はあなたに背中を押してもらいたいんですよ。占い代金なんて経費で落ちないけど、それほど今回の出店には賭けている。何としてでも
成功させたい」
「ちょっと待っててください」
マリアは席から立ちあがって受付に行った。
*
「どうしたの? マリア」
「あのおじさん、北区にスーパーを進出させるんだって。全国展開している『ジャスオン』よ」
「えっ、あの巨大な『ジャスオン』グループ!」
「あの人『ジャスオン』グループの北海道開発部長さん。ほとんど出店は決めてる」
「へえ、で何を聞いてきたの?」
「出店しても大丈夫かって」
「大丈夫なの?」
「うん。『ジャスオン』自体は出店してもしばらくの間は問題ないようにみえる」
「じゃあいいじゃん」
「でも、それによって近隣の既存のスーパーや商店が打撃を受ける。私たちの出会ったスーパー北店やアルファー北店もつぶれるかもしれない。それに、商店街が壊滅的な打撃を受ける。結局『ジャスオン』がかき回して、終わり。不幸になる人のほうが多い」
「まあ、大きなところが勝っていくってことだよ」
「私が言いたいのは、それって『限られた人しか幸せになれないってのっ?』
てこと」
「仕方ないよ。すべてお金だもの」
「私だって、お金のことはわかってきた。でもそれでいいのかなって・・・」
「未来を変える案件なの?」
「うん」
「恋愛問題ならともかく、僕たちは余計なことを言わないほうがいいと思うけどね」
「うん。それは優君のいう通りかもしれない。でも・・・」
「僕は、マリアに任せるよ。マリアを信じている」
「わかった」
マリアは占いの部屋に戻っていった。
* * *
「すみません、お待たせしました」
「どうです? 出店は成功ですか?」
男性は笑った。
「あなたの考える通りです」
「じゃあ! ゴーサインですね!! ありがとう。 これですっきりしましたよ」
男性は立ち上がろうとした。
「ちょっと待ってください」
「はい?」
「ひとつだけ確認させてください」
男性は椅子に座り直した。
「何でしょうか?」
「あなたにとって幸せとは何ですか?」
男性は笑った。
「だしぬけに、何ですか? まあ、会社が順調にいって出世して、家族を十分に養っていくことですよ」
「じゃあ、今のままだとだめですよ」
「だめって?」
「あなた、どれくらい家族と会っていないかわかってますよね?」
「数年は会っていない。毎月のように出店計画があって、単身赴任の上、ほとんど出張ですからね。でも今頑張れば会社はもっと大きくなる。収入も増える。家族も潤う」
「違います。あなたの奥さんや娘さんはあなたの帰りを毎日待ちわびています。小さいころ、あんなにかわいがっていた娘さんはとても寂しがっていますよ」
「娘・・・。私に娘がいるのがわかるんですか。でもまあ、私は今は頑張るしかないですからね。金は十分に与えているつもりだよ」
「娘さん。元気をなくして、今は高校に通ってないですよ」
「えっ・・・!? そんなこと、妻は一言も言っていなかった」
「奥さんは離婚を考えてますよ。娘さんのことで悩んでいます。愛子さんのことをね」
「愛子・・・」
「もう一度うかがいます。あなたにとって幸せとは何ですか?」
「・・・家族のこと心配していないはわけではないんだ。だが、今は会社が大切だ」
「北区にスーパーを出店させたら、あなたはまたしばらく家族のもとへ帰れなくなります。あの場所に出店することはそれほど簡単なことではないです。あなたは貼り付けで面倒を見ていかなければならなくなります。最初はいいかもしれないけど。そして、愛子さんは間違った道に進んでいきます。最後に幸せになる人は誰もいません」
「結局、何が言いたいの?」
「家族の幸せか、会社か、どちらを大切にするのか、今、言ってください」
「何で? ・・じゃあ会社だよ。これをおろそかにしたら食っていけない」
「自分の家族を幸せにできないような人が、もっと大きな舞台で、本当に成功すると思いますか?」
男性は汗をかいてきた。男性は失笑した。
「マリアさん。厳しいなー」
「本当のことを言っているだけです」
「私も立場上厳しいものがある。けれども、あれだよね。自分の家族ね。金だけ送って、それでいいと思っていたところはあるよ・・・。忙しさで感覚がマヒしていたのは確かだ。娘は高校2年。大事な時だよな。昔はいろいろなところに連れて行った。僕も楽しかったが、娘も楽しかったんだろうな」
「私には、お父さんがいません。母子家庭です。愛子さんにはお父さんがいます。あなたです。それはかけがえのないことです」
マリアの瞳に涙が浮かんだ。
「マリアさん。あなたはただ、私の計画が成功すると言えばいいだけなのに、
たいしたものです」
男性は立ち上がった。
「ありがとう。じゃあ失敬するよ」
「はい」
男性は受付に続くドアに手をかけた。そして振り向いて言った。
「妻や愛子は、まだ私の帰りを待っていてくれているのかね」
「はい!」
マリアが涙を拭って、笑顔で言った。
『マリアの未来日記 アラカルト』
「幸せの在処」 完
最初のコメントを投稿しよう!