君がいた未来へ 外伝

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        『マリアの未来日記 アラカルト』            「幸せの在処(ありか)」 「失礼しますよ」  中年の男性の甲高く太い声のあと、ドアをノックする音音が聞こえた。 「どうぞ、お入りください」  中年太りした50代の貫禄のある大柄な男性が姿を現した。ネイビーのダブルのスーツを着ている。 「予約した者です。占いなんかしてもらうのは初めてだよ。名前とかは本当に言わなくていいの?」 「大丈夫です。料金は先払いです」 「はいはい。よろしく頼むよ」  男は、懐から分厚い長財布を取り出して、現金を僕に渡した。 「それでは、占いの部屋にお入りください」       * 「よろしくお願いします!」  大きな太い声で、男性は言った。 「どうぞおかけください」 「はいはい」  男性は椅子に座った。そして続けて言った。 「あの、お噂はかねてから伺っております。マリアさん。お会いできて光栄です」 「ありがとうございます」 「早速ですが、占ってもらいたいのは・・・」 「見えていますよ。北区に大型スーパーの出店を考えている件でしょう?」  男性は目を丸くした。そして甲高く笑った。 「さすがですな。なんでもお見通しなんですね。こりゃ心強い。私がわざわざここに来たのは、ほかでもない。スーパーの出店が吉と出るか、凶と出るか、教えていただきたい」 「あなたはどう考えているんですか?」 「札幌の中心部から少し外れた場所だからね。マーケット調査はもちろんしていますが。ただ、北区の人口は近年は減る方向にある。だから、周辺の既存のスーパーをつぶすくらいの気持ちで考えていますよ」 「あなたは何をもって成功と考えますか?」 「何をもって?」  男性は笑った。 「そんなの決まっている。出店するスーパーが成功して、売り上げが伸びて、 グループ全体の売上高が伸びてゆくことですよ。そして会社がより大きくなっていくこと」 「あなたは、すでに出店は決めていますよね」 「もちろんです。私はあなたに背中を押してもらいたいんですよ。占い代金なんて経費で落ちないけど、それほど今回の出店には賭けている。何としてでも 成功させたい」 「ちょっと待っててください」  マリアは席から立ちあがって受付に行った。       * 「どうしたの? マリア」 「あのおじさん、北区にスーパーを進出させるんだって。全国展開している『ジャスオン』よ」 「えっ、あの巨大な『ジャスオン』グループ!」 「あの人『ジャスオン』グループの北海道開発部長さん。ほとんど出店は決めてる」 「へえ、で何を聞いてきたの?」 「出店しても大丈夫かって」 「大丈夫なの?」 「うん。『ジャスオン』自体は出店してもしばらくの間は問題ないようにみえる」 「じゃあいいじゃん」 「でも、それによって近隣の既存のスーパーや商店が打撃を受ける。私たちの出会ったスーパー北店やアルファー北店もつぶれるかもしれない。それに、商店街が壊滅的な打撃を受ける。結局『ジャスオン』がかき回して、終わり。不幸になる人のほうが多い」 「まあ、大きなところが勝っていくってことだよ」 「私が言いたいのは、それって『限られた人しか幸せになれないってのっ?』 てこと」 「仕方ないよ。すべてお金だもの」 「私だって、お金のことはわかってきた。でもそれでいいのかなって・・・」 「未来を変える案件なの?」 「うん」 「恋愛問題ならともかく、僕たちは余計なことを言わないほうがいいと思うけどね」 「うん。それは優君のいう通りかもしれない。でも・・・」 「僕は、マリアに任せるよ。マリアを信じている」 「わかった」  マリアは占いの部屋に戻っていった。 * * * 「すみません、お待たせしました」 「どうです? 出店は成功ですか?」  男性は笑った。 「あなたの考える通りです」 「じゃあ! ゴーサインですね!! ありがとう。 これですっきりしましたよ」  男性は立ち上がろうとした。 「ちょっと待ってください」 「はい?」 「ひとつだけ確認させてください」  男性は椅子に座り直した。 「何でしょうか?」 「あなたにとって幸せとは何ですか?」  男性は笑った。 「だしぬけに、何ですか? まあ、会社が順調にいって出世して、家族を十分に養っていくことですよ」 「じゃあ、今のままだとだめですよ」 「だめって?」 「あなた、どれくらい家族と会っていないかわかってますよね?」 「数年は会っていない。毎月のように出店計画があって、単身赴任の上、ほとんど出張ですからね。でも今頑張れば会社はもっと大きくなる。収入も増える。家族も潤う」 「違います。あなたの奥さんや娘さんはあなたの帰りを毎日待ちわびています。小さいころ、あんなにかわいがっていた娘さんはとても寂しがっていますよ」 「娘・・・。私に娘がいるのがわかるんですか。でもまあ、私は今は頑張るしかないですからね。金は十分に与えているつもりだよ」 「娘さん。元気をなくして、今は高校に通ってないですよ」 「えっ・・・!? そんなこと、妻は一言も言っていなかった」 「奥さんは離婚を考えてますよ。娘さんのことで悩んでいます。愛子さんのことをね」 「愛子・・・」 「もう一度うかがいます。あなたにとって幸せとは何ですか?」 「・・・家族のこと心配していないはわけではないんだ。だが、今は会社が大切だ」 「北区にスーパーを出店させたら、あなたはまたしばらく家族のもとへ帰れなくなります。あの場所に出店することはそれほど簡単なことではないです。あなたは貼り付けで面倒を見ていかなければならなくなります。最初はいいかもしれないけど。そして、愛子さんは間違った道に進んでいきます。最後に幸せになる人は誰もいません」 「結局、何が言いたいの?」 「家族の幸せか、会社か、どちらを大切にするのか、今、言ってください」 「何で? ・・じゃあ会社だよ。これをおろそかにしたら食っていけない」 「自分の家族を幸せにできないような人が、もっと大きな舞台で、本当に成功すると思いますか?」  男性は汗をかいてきた。男性は失笑した。 「マリアさん。厳しいなー」 「本当のことを言っているだけです」 「私も立場上厳しいものがある。けれども、あれだよね。自分の家族ね。金だけ送って、それでいいと思っていたところはあるよ・・・。忙しさで感覚がマヒしていたのは確かだ。娘は高校2年。大事な時だよな。昔はいろいろなところに連れて行った。僕も楽しかったが、娘も楽しかったんだろうな」 「私には、お父さんがいません。母子家庭です。愛子さんにはお父さんがいます。あなたです。それはかけがえのないことです」  マリアの瞳に涙が浮かんだ。 「マリアさん。あなたはただ、私の計画が成功すると言えばいいだけなのに、 たいしたものです」  男性は立ち上がった。 「ありがとう。じゃあ失敬するよ」 「はい」  男性は受付に続くドアに手をかけた。そして振り向いて言った。 「妻や愛子は、まだ私の帰りを待っていてくれているのかね」 「はい!」  マリアが涙を拭って、笑顔で言った。         『マリアの未来日記 アラカルト』            「幸せの在処」 完
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