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『マリアの未来日記』 アラカルト
「すぐそこにある未来」
僕は、迷っていた。占いの予約をしたものの、尻込みしてしまった。建物の前には来たものの、なかなかビルの階段を上っていけなくて、ビルの周辺をうろうろしていた。予約の時間調度になって僕は思い切って階段を上っていき、3階の占いの館のドアの前まで来た。一か月の生活費に相当する十万円。その価値が果たしてあるのだろうかと思った。自分自身の能力の問題に、どんな答えが待ち受けているのか、期待と不安が入り混じった複雑な気持ちのまま、僕はドアをノックした。「どうぞ」という声が聞こえて、僕は扉を開けた。
*
「ご予約の方ですね」
少しよれた赤いチェックのシャツ。おしゃれではない、ただのぼろぼろのジーンズ。洗濯はしているようで、爽やかな洗剤の香りが漂っている。
「はい。すみません。少し遅れました。よろしくお願いします」
「先払いになります」
「はい」
50歳くらいの男性が僕に鑑定料を払った。
「どうぞお入りください」
「はい」
*
「おかけください」
「はい」
マリアは男性を見つめた。男性は何か憂鬱な雰囲気を醸し出していた。マリアが訊いた。
「あなたの望みをきかせてもらっていいですか?」
「はい」
「いろいろな問題が見えるけど、あなたがここに来た目的をはっきりと聞かせて」
「はい。僕は、小説を書いて投稿していて、たまに入賞はするんですが、売れるようになるでしょうか。売れるにはどういう作品を書けばいいでしょうか?」
「やっぱりそれですか」
「はい」
「それってさー、さすがに自分で考える問題じゃない」
「そうですよね」
「あなたの作品て、もてない男の孤独な生活の話ばっかりだから、売れないよね。内容がダメというわけではないわ。熱心なファンはいる」
「はい」
「恋人いない歴が年齢と一緒なのは否定はしない。けど『恋愛』をしないと
売れる小説は書けない」
「ああ・・・」
「あなた、顔も性格も悪くないんだから、彼女はできますよ」
「すいません。では、ぶっちゃけ聞きます。僕は売れるんですか、売れないんですか?」
「ううん」
「売れないなら、書くのをやめますから」
「そういう精神がダメ。自分でもわかってるでしょ。わかってて聞いてる。
あなたは書くことをやめることなんかできないから。小説はあなたの全てです」
「すいません」
「結論を言います。売れるか売れないか。売れますよ」
「えっ、売れるんですか?」
「それで生活できる程度にはね。でもまずは恋をすること。そういう順番よ」
「彼女を作るってことですか?」
「そういうこと」
「どこで彼女を見つければいいですか?」
「あのねー」
「すいません」
「ついでに言っちゃう。あなたのバイト先の子。あなたが無理と最初からあきらめているかわいい子」
「木村美里さん?! あんな若くて奇麗な人、僕には無縁ですよ」
*
「おはようございます」
「おはよう、木村さん」
いつもの出勤風景。僕は、大手書店でアルバイトをしている。主にレジや本の品出しをやっている。木村美里さんも同じ仕事をしている。僕はベテランだけど、美里さんはアルバイトを始めて1か月の新人。いつもは僕たちは仕事以外の話はしない。シニヨンアレンジのダークブラウンの髪型。明るく明朗な彼女。
「木村さんて、本が好きでここで仕事をしているんですか?」
僕はどうでもいいことを不自然ながら訊いてみた。
「えっ? はい、そうですね」
「僕は本が好きというか、実は自分で小説を書いているんですよ」
「へえ、すごいですねー」
「この前も『月刊新文芸』に投稿して入選したんだけど、読者からの反応が悪くて。アンケートで応援してくれてるの一人だけですよ。だから作風を変えようと思って」
「へえ、私も『新文芸』読んでますよ。でも北村さんの名前はなかったなー」
「『北野まさる』って名前で投稿してるんです」
「えっ!? 『北野まさる』って北村さんだったんですか!?」
「はい」
「北野まさるの『人の居場所』! 私読みましたよ!」
「はい、僕の最新作ですけど」
「アンケートで1票入れたの私です!」
『マリアの未来日記 アラカルト』
「すぐそこにある未来」 完
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