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第20話 来訪者
それから数日が経った。
『なごみ亭』は従業員を2人雇い、俺は店を手伝わなくてもよくなった。
フロア担当のアリシアさんという25歳くらいの女性と、調理担当でマドックさん30歳くらいの男性だ。
アリシアさんはアンナちゃんと同じくらいの男の子供が居るそうだ。
サリーさんとも年が近いせいか気が合い、子供のことや家庭の話を空いた時間によくしている。
『なごみ亭』はもう宿をやめているので、支払った分の宿代が無くなったらどこかに移ろうかと思っている。
俺がここにいると俺がこの店を、仕切っているように思われるのも悪いので。
その時は『マヨネーズ』の証明書をあげようと思う。
俺が居なくなると情報料をもらっていないので、勝手に作れなくなるからだ。
今、俺が仕事としてできることは、
①塩と砂の分離作業
②『味元』の製造販売
材料:小麦粉、椎茸、鰹節
③『マヨネーズ』
材料:大豆、物油、レモン汁
②の『味元』の芽メリットは品質変化が少ないため、長期保存可能。
デメリットは俺しか作れない。
③の『マヨネーズ』のメリットは材料があれば誰にでも作れる。
デメリットは長期保存ができない。
ただ現在は作っているのは俺だけ。
正確にはビルさん一家で、従業員抜きで作っている。
ただし販売は許可していない。
それにビルさん達も忙しくてそれどころではないらしい。
『マヨネーズ』の情報料がとてつもなく高く、当面は誰も手を出さないだろう。
すでに『味元』は商業ギルドから追加発注が来ている。
当初、月200個の契約だったが既に売り切れ、追加で毎月1,000個の注文が来ている。それだけで200万円くらいの売上になる。
ストレージと創生魔法が共にLV2に上がり、『味元』の椎茸や鰹節のダシエキスもストレージ内で抽出でき、『マヨネーズ』も同じように作れるようになったのは進歩だ。
* * * * *
そんなある日のこと……。
軽くお昼を食べに外出しようとフロアに降りていくと、何やら言い争う声がする。
「だから食べたいのよ。私を誰だと思っているの!」
気の強そうな14~5歳の少女がおり、その後ろには執事の様な男性が困った顔をして立っている。
金髪に青い瞳、薄化粧で縦ロールの髪型。
ワンピース型のドレスを着てひだ付きの襟。
貴族と庶民では生活習慣が異なり、それに合わせて服装も異る。
服装を見ればその人の身分がわかる、と言われるくらいに。
爵位を知らない俺でも分かる、これは貴族だと。
【スキル・鑑定】簡略化発動
名前:マリー・ビクトワール・ドゥメルグ
種族:人族
年齢:15歳
性別:女
職業:ドゥメルグ公爵令嬢
レベル:9
ビルさんが困ったように説明している。
「今は営業時間前で食事はできないのです。夕食は15時以降からになるんです」
「だから今、食べたいの。この私にまた店に来いと言うの?それとも庶民と一緒にテーブルを囲めとでも言うの!」
そうなんだ『なごみ亭』は食堂となり、席も少なく相席になることが多い。
貴族の人が来店することを想定していないのだ。
貴族相手だからと言ってゴネれば時間外でも食べられる、と噂が立つのも困る。
「さあ、早くしなさい。私を待たせる気なの!それとも調理人のあなたが我が家まで来て作ってくれるというの?」
「そ、それは……」
貴族からの誘いを無下に断る訳にもいかず、答えられずに困っているビルさん。
「私が代わりに参りましょう!」
「!!??」
そう言いながら俺は横から令嬢の前に出てると、ボウ・アンド・スクレープ(右足を後ろに引き、右手を胸の前に添え、左手を横方向へ水平に差し出す。漫画やアニメで執事がよくやってるやつだ)で挨拶をした。
(まあ、なんて奇麗な挨拶。貴族の方なのかしら、でも庶民の服を着ているわ?)
そう。やってしまったのだ。庶民が貴族の挨拶をするわけがない。
「「「 エリアス君!! 」」」
ビルさんの驚いた声がする。
『【スキル】世界の予備知識』で得た知識だったが、挨拶なら何でもいいと思い身分を確認していなかったのだ。
「あなたは?」
「はい、私はここに宿に借りているエリアス・ドラード・セルベルトと申します」
執事の様な男性が前に出てきて、守るように俺と女性の間に割って入った。
「この方はこの街アレンの領主ドゥメルグ公爵様のご令嬢で、マリー・ビクトワール・ドゥメルグ様です。私は執事のアルマンと申します」
〈〈〈〈〈 えっ、え~~~~~!! 〉〉〉〉〉
ビルさんは後ずさる。
「いいわ、アルマンどいて。私が話すから」
アルマンさんは後ろに下がり再び俺はご令嬢と向き合った。
「あ、あなたが我が家まできて、食事を作ってくださるという事で宜しいのですよね」
(家名があるのね。どこの貴族の方なのかしら。黒髪に黒い瞳なんて珍しい。私より年下?先ほどからドキドキする、この胸の鼓動はなんなのかしら?)
マリーにはエリアスがこう見えていた。
美形で黒髪、黒い瞳の少年。
なぜか人の心を引きつけ夢中にさせる、雰囲気を持つ少年。
そしてマリー・ビクトワール・ドゥメルグは、『美形好き』の『ショタコン』なのであった!
「はい、そうです」
「エリアス君。行くにしても訪問用の礼服は、持っているのかい?その恰好では行けないよ」
ビルさんが慌てて言ってくる。
通常、貴族の家を訪問するのに庶民の服では失礼に当たり、それなりの訪問着を着ていく必要があるようだ。
「いえ、この服以外はありませんよ」
「それなら日を改めないといけないよ」
「いいえ、このままで結構ですわ。日を改めるなんて時間の無駄。このまま参りましょう」
「お、お嬢様」
「いいのですアルマン。さあ、このまま私と参りましょう」
(エリアス君、大丈夫なのかい?) ビルさんが小声で言う。
(はい、任せてください。ビルさんに恥はかかせませんから)
こうして俺は公爵家に向かうのだった。
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