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宴の準備
白菜、長ネギ、椎茸、ニンジン、豆腐……カットした具材が並んだ大皿を、大理石のテーブルの上に置く。
「裕志、肉は?」
ベランダの前で、暮れゆく都心を眺めていた同居人が振り向く。夕日の茜に照らされて、痩けた頰が影を生む。くっきりした二重の下の瞳が、緑で膨れた大皿と、昆布だけ浸かる鍋の中を彷徨う。彼がメインに選んだのは、特別に取り寄せたA5ランクの松阪牛だ。
「鮮度を落としたくない。揃ってからでいいだろ」
600Lの大型冷蔵庫に顎を向けて、在処を示してやる。この部屋に来た時、業務用かと思えるほどの庫内には、アルコールしか入っていなかった。
「そうか……そうだな」
無理に緊張を緩めようとして、崩れた微笑みが歪む。その表情で、ピンときた。
「陽斗。薬、飲んだか」
壁に目をやる――間もなく18:45。あと、15分か。
「あ、忘れてた」
「ほら、水」
キッチンカウンターまで来ると、壁際の隅に置いた半透明のメディシンボックスから、夜の分の小袋を取り出す。暖色系の錠剤を7粒、掌の中央に乗せたのを見て、俺は水を満たしたグラスを渡した。「ありがとう」と律儀に呟いて、彼は一気に飲み下す。
「皆、来てくれるかな。まだ日没前だから、ヤツらは襲ってこない筈だけど……」
窺うようにベランダの外を一瞥すると、骨張った長い指を組んだり解いたりし始める。
「大丈夫。きっと来てくれるさ」
――ピンポーン
「ほらな?」
図ったようにタイミングよくインターホンが鳴る。俺は、彼の肩をポンと叩くと、キッチン脇のディスプレイを覗いて、相手を確かめた。
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