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鍋パーティー
「『一期一会の特別な鍋』ってさぁ……こういうこと?」
鉄壁を誇った、かつてのショート、柊太が闇の中でカラカラ笑う。アルコールに弱い彼は、乾杯のビール1缶で、早くも顔を赤くしていた。
「思わせぶりなんだよなぁ」
ライトの紀一が呆れた声を上げる。
「三十路手前で闇鍋とか……有り得ねぇわ」
ゲラゲラ笑うのは、サードの柚瑠。この企画を1番楽しんでいて、照明を消した途端、真っ先に持参した食材をドボドボと投入した。
「皆、ちゃんと食べられるもの、なんだろうな?」
疑わしそうな声は、センターの聡一朗か。神経質な彼らしい。
「大丈夫だよ、聡ちゃん。煮込んじゃったら、問題ないってぇ」
対照的に鷹揚な性格は、ファーストの透。間延びした喋り方は、チームがピンチの時でも和ませてくれた。
「はぁ? お前、なに持ってきたんだよ!」
「えー、言えないよぉ」
「おいおい……ゲテモノは止めてくれよ」
「ゴメ、俺の食材、吸盤付いてる」
「ゲエェ」
「マジで? ウケる!」
レフトの卓己のカミングアウトに数人が絶望し、柊太と柚瑠が馬鹿笑いする。
「裕志ぃ、まだ酒ある? こうなったら、誤魔化してやるっ」
声のする方に、缶ビールを回す。プシッ、といい音が向かい側から聞こえた。多分、セカンドの誠だな。
結局、招待状を送った全員が来てくれた。日没後、卓己だけなかなか到着しなかったものだから、陽斗が酷く心配したものの――単に道に迷っただけだった。予定より30分遅れて、俺達はテーブルを囲み、鍋パーティーを始めた。最初は、俺達が用意した松坂牛メインのマトモな鍋をつついた。仕事とか家庭とか、互いの近況を報告するうちにアルコールも進み、あっという間に平らげた。
そして、開始から小一時間――本日のメインイベント、闇鍋に突入した。
カーテンを締め切って、照明を消して。鍋とカセットコンロの間の炎だけが、俺達を下からほんのり照らす。その中で、持ち寄った食材を次々に投入した。
「裕志、そろそろ煮えてんじゃねぇの」
蓮に促されて、腕時計に目を落とす。蓄光の短針は、45度進んでいる。これだけ煮込めば、流石に生煮えってことはないだろう。
「おい、マジで食うのか」
「あはははは」
「そりゃ、食うだろ!」
「覚悟しろって」
甲子園から戻ると、準優勝を祝って、地元の商店街が1泊2日の温泉旅行をプレゼントしてくれた。部員10人と監督とマネージャー。PTAが借りてくれたマイクロバスに揺られた旅は、底抜けに楽しかった。そして、あの夜も俺達は鍋をつついたのだ。お膳に添えられた1人用の小さな鍋だったけれど。
「よし! 蓋開けるぞぉ!」
グツグツ震える蓋を、俺は布巾で掴んだ。
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