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暗闇の中
宴の後片付けを終えて、すっきりとした部屋の中を見渡す。カレーの匂いは、まだ微かに残る。
「ちょっと、詰めてくれ」
白い錠剤と500mlの水をテーブルに置く。グラスは、洗う人がいなくなるから、ペットボトルにした。
陽斗の上体を起こして、ソファーに並んで座る。鉛のようにずっしりと重いのは、単に意識を手放したからだけではない。強力な眠剤に支配されたまま、奈落へと歩み始めているからだ。
あの事故で頭部に外傷を受けた陽斗は、MRI検査で脳に悪性腫瘍が見つかった。余命宣告は、2年だった。
頭痛や嘔吐、記憶障害。彼は、症状を自覚して――復活をかけた長期離脱よりも、記録を刻んで華々しく退場することを選んでいたのだ。
そんな彼から、マウンドを奪ってしまった。
強力な眠剤を冷えた水で飲み下す。
闇鍋の時、俺と陽斗の皿にだけ、大量のナツメグを入れた。混沌とした匂いのお蔭で、致死量10gは上手く誤魔化せた。朝日を見ることはもうないけれど、残酷な現実が白日に晒されることもないだろう。
俺が放った暗闇だ。さぁ……どこまでも一緒に行こう。
【了】
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